見出し画像

浦島太郎の献身

浦島太郎という昔話は、いじめられていた亀を助けたことで竜宮城に招待され、乙姫という美しい女性から引き留められたにもかかわらずそれを強い意志で辞した結果、玉手箱という地雷のようなお土産を貰ってしまう、という話だ。

そもそも「絶対に開けないでください」なんて言われながら渡されたものを開けないわけがない。こういった「見るなの禁忌」というものは昔話ではよくある。鶴の恩返しなんかも、この「見るなの禁忌」の系統だろう。

昔話というのは基本的に「勧善懲悪」であることが多いが、浦島太郎は何一つ悪いことなどしていないのに、この仕打ちを受けるのは本当にかわいそうである。

では、浦島太郎という物語を現代に当てはめて考えるとどういう話になるのかを考えてみた。完全なる思いつきである。

◆◆◆◆◆◆

海辺の公園でいじめられていた亀(いじめられっこ)を浦島太郎(20代前半、独身、彼女無し)が助ける話である。いじめっこ達に声をかけ「いじめ、カッコ悪い」と言って止めるのだと思われるが、もはやこの時点で『声かけ事案』として翌日の学校では朝のHRで全校的に注意が促される可能性がある。いじめっこ達の両親がモンスターペアレンツであれば、黙っていないかもしれない。浦島太郎はご近所で「子供にいきなり声をかけるヤバイ奴」のレッテルを貼られ、生きづらさの結果引っ越しを余儀なくされる可能性がある。そうなれば浦島太郎・The Endである。なのでここは、いじめっ子達がいじめがばれることを恐れ、学校や両親に浦島太郎のことを報告をせず『声かけ事案』を回避したとしよう。

いじめられっ子である亀に連れていかれる竜宮城はその子の自宅である。小さく古い、1Kのアパートの自宅に行くと、そこには、多少やつれてはいるが非常に魅力的な人妻(乙姫)が居る。乙姫の旦那は働いておらず、乙姫のパート代を財布から抜いては、朝からパチンコに行くようなクズである。浦島太郎は乙姫に心を奪われ、友達の居ない亀と遊ぶという名目で、クズ旦那が居ない隙を狙って遊びに行くようになる。

そうしているうちに、乙姫は浦島太郎を信用するようになり、クズ旦那の愚痴や、旦那が勝手に作った借金で生活が立ち行かないこと、さらにはよそに女を作っていることなどを相談し始める。亀と遊びながらもたまに乙姫のことを見ていた浦島太郎は、その腕や足にたまに青痣があることにも気が付くだろう。そう、DVだ。

そんな関係性を続けていれば、浦島太郎はなんか気持ち的に盛り上がってきて「乙姫さんにこんな苦労をかけるなんて…俺ならそんなことは絶対にしないのに!」的な正義感を発揮するはずだ。

浦島太郎は考える。乙姫を救うためには、クズ旦那を排除するしかない、と。クズ旦那は暴走族あがりで喧嘩が強そうだ。あと、頭が悪そうだから理論的な話の通じる相手ではない。正面からの対決は分が悪いだろう。

一人、クズ旦那を排除する計画を立てていたある日、乙姫から電話がかかってくる。その声はひどく動揺しており、何を言っているのか要領を得ない。急いで亀の家に行く浦島太郎。そこには、血まみれで横たわるクズ旦那と、包丁を握ったまま泣きじゃくる乙姫の姿が。

乙姫を落ち着かせながら状況を聞くと、浦島太郎の存在に気付いたクズ旦那が暴力を振るいながら詰問してきたとのこと。命の危機を感じた乙姫は、台所にあった包丁でクズ旦那を刺してしまった。

浦島太郎の行動は早かった。血まみれになった乙姫の服を脱がせ、シャワーを浴びさせる。その間に、血のついた服を細かく刻んでゴミ袋に入れ、包丁は指紋をすべて拭って自分の指紋をつける。そして血を洗い流し終えた乙姫を落ち着かせながら、全ての罪を自分が被ることを伝える。

乙姫は拒否するが、もし乙姫が逮捕されてしまったら息子の亀のことはどうなるのか、と説得する。乙姫に服の入ったゴミ袋を渡し、どこか人目につかないところで早急に燃やすように指示して部屋から追い出すと、浦島太郎は自分の服に血を塗りたくった後に警察に電話をかけ、自首をします。

なんやかんや警察の目を欺き、無事自分が犯人である偽装を完了した浦島太郎は、十数年の懲役を終え、一人刑務所を出る。もちろん、迎えにくるものなどいない。乙姫には偽装がばれないようにするために一切の連絡をしないように言っていたため、彼女が今どこにいるのかも浦島太郎は知らない。

久しぶりに街の様子を見れば、刑務所の中で過ごしているうちにすっかり様変わりしてしまっている。そんな世の中を見ながら彼は「まるで浦島太郎だな」と呟いて雑踏の中に消えていった。

◆◆◆◆◆◆

非常に救いが無い上に、浦島太郎の話で『浦島太郎』の例えをオチに使うという完成度の低い東野圭吾のパクりみたいな物語になってしまった。反省。

何が言いたいのかというと、昔話を現代風に考えると、全然救いが無いな、と。また、そもそも昔話が持っている「勧善懲悪」の教訓、もしくは性質は、今の世の中では通じなくなってきているんじゃないかな、と感じた次第。

だからといって、何がどう、というわけでもないのですが、久々にストレス発散に文字を書いてみました。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?