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物語のタネ その六 『BEST天国 #32』

様々な地獄があるように、実は天国にも様々な種類がある。
現世での行いや悪行により問答無用に地獄行きかが決められてしまうのに対して、天国は自分で選べるのだ。
ここにまた、ある1人の男が死んでやって来た。
名前は、宅見卓朗。享年37歳。
前回は「アグレッシブ安眠天国」を訪れた宅見氏。
さて、今回はどんな天国に?

あらすじ

天国コンシェルジュのミヒャエルのオフィス―――
ただ今、そこにいるのは宅見氏一人だけ。

やがて、ミヒャエルが帰って来た。

「ミヒャエルさん、お帰りなさい」
「あ、ただいま戻りました」
「あれ?なんか元気無いですね、どうかしましたか?」
「また、落ちちゃって、仮免試験」
「仮免?って、車ですか?」
「はい、そうです。坂道発進、エンストしてズルズルっとなっちゃって」
「免許持っていなかったんですか?それにエンストって、オートマじゃないんですか?」
「私、天国に来たの1,000年以上前ですから」
「そうか、車無いですものね」
「やはり、男はまずはマニュアルからじゃないと」
「こだわりですか?」
「ええ、そこは男として譲れませんね。でも、坂道発進のドキドキが半端なくて」
「気持ちは分かりますが、オートマでも」
「いえ、そこだけは譲れません!」
「そ、そうですか」
「ちなみに、宅見さんお車は?」
「持ちたいなと思っていましたけど、東京だと維持費が高くて。でも、その反動かレースを観るのは好きでしたね。たまにサーキットにも行ってました」
「そうなんですね。あ、そうするとあそこいいかも」
「どこですか?」
「いいからいいから。とにかく行ってみましょう!」

いつものごとく白い空間―――
二人で立っていると、どこからか低音が。
ドッドッドッ・・・

「ミヒャエルさん、何か足元から響いて来てません?」
「もうすぐ来ますよ、宅見さん」
「え?あ、もしかしてこの音エンジンじゃないですか?しかも、かなりマッスルな!」

そこに、レーシングスーツに身を包んだ男がマイクを片手に現れた。

「ドッドッドッ、ミヒャエルさん、お久しぶりドッドッ」

「え⁈ボイパ?」

「宅見さん、こちら、ここの天国マネージャーのケント・プリッツさん。お久しぶりです、ケントさん。相変わらずの素敵な低音ですね」
「ありがドッドッございます。全身で響かせています。ちょっと喋りにくいので、エンジン切りますね」
「エンジン?」
「ブルッルルルッ、ル。止まりました。初めまして宅見さん」
「はじめまして。ケントさん、あの、ここは一体何の天国なんですか?」

「ここは、“V8堪能天国“です」

「V8って、あのエンジンの」
「はい、エンジンの」
「アメリカンな天国なんですか?」
「そういう方もいらっしゃいますが、宅見さん、実はV8エンジンはフランス生まれなんですよ」
「そうなんですか⁈」
「そうなんです。ボンジュール」
「ボンジュール言いたかっただけですよね。でも、へぇそれは知りませんでした」
「使っていいですよ、このトリビア」
「あ、ありがとうございます・・・で、堪能というと、エンジンの音を聞くとか車に乗るとかですか?」
「勿論それもありますが、もっとクリエイティブでアグレッシブですね」「というと??」
「例えば、V8ディスコとか」
「ディスコ⁈
「V8の低音とリズムを使った『V8DJ』結構いるんですよ」
「音楽には合いそうですね、確かに」
「はい。そうやってV8の魅力を多角的に活用して堪能しているんです」
「他には?」
「そうですね。『V8マッサージ』これは振動の活用ですね。更に活用した『V8ぶるぶるダイエット』もあります。あと、最近出来た『V8スクランブルエッグ』は人気ですね。V8エンジンの振動でふわトロなスクランブルエッグが出来るんですよ」
「本当ですか⁈ちょっと強引な気もしますが・・・」
「V8への愛ゆえにです」
「深い、という言葉では現しきれないレベルです」
「スポーツ系では『V8ロデオ』も根強い人気があります」
「それって、もしかして・・」
「お察しの通り、V8エンジンにまたがってどこまで出力を上げていけるかという。乗りこなしてこそエンジンですから」
「乗りこなしの解釈が自由過ぎる気もしますが、ちょっと面白そうですね」
「V8堪能の可能性はまだまだありますよ。どうですか、宅見さんも一緒に」

うーん、と考え込む宅見氏。
やがて・・・。

「すみません。やはりV8だけに絞り込めないです」
「あー、まあ、V6もV12も直列4気筒もそれぞれ魅力はありますからね」「いや、エンジンの中での迷いではなく。車とかレースとか、大きな括りで楽しむ方が自分には合っているなと思いまして」
「そうですかー、残念」
「すみません」
「いえ、楽しみ方は人それぞれですから、宅見さんなりにエンジンの存在を楽しんで頂ければ嬉しいです。そして、ぴったりな天国に出会えることを祈っています!」
「ありがとうございます!」

「では、私はそろそろ。ミヒャエルさん、また!ガチャ、ブルッ、ブルルッル、ドッ、ドドドド、ドッドッドッ、お気をつけて、ドッドッドッ」

エンジン音?を響かせながら、歩いていくケントの姿を見送る宅身氏とミヒャエル。

さて、次はどんな天国に?



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