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物語のタネ その伍『宇宙料理人 #2』

俺の名前は、田中雅人。
50歳の料理人。
日本人初の宇宙料理人として、国際宇宙ステーションで様々な実験を行う宇宙飛行士の為に食事を作るのが俺の仕事だ。

今回、俺と一緒に国際宇宙ステーションISSに向かうのは3人。

アメリカ人の生物学者のフェルナンド。
名前はスペイン系だが、メシについてはバーベキュー命のザ・アメリカ人だ。
彼は宇宙で、サツマイモを中心に、食べられる植物を育てる実験をすることになっており、俺にとっても楽しみな相手だ。

そして、タイ人のソムチャイ。
ソムチャイとはタイ語で、ソム=立派な チャイ=男 という意味だそうで、その名に相応しく?彼は、元ボディービルダーの人体科学者。
自らのボディを使って様々な人体への影響を実験する為に今回、ISSに行くのだ。
元ボディビルダーだけあって食事には気を使うタイプだそうだから、俺の料理が口に(体に?)合うと良いのだが、ちょっとプレッシャーだ。

最後の一人は、ミュージシャンにして画家でもある総合アーチストのゲイリー。
両親はソマリア出身。
本人の生まれはソマリアだが、その後10歳からはフランス育ち。
このプロジェクトに参加して俺も初めて知ったのだが、実はISSでの実験は科学的なジャンルだけではなく、文化的芸術的なジャンルでも行われているのだ。
これまではどちらかというとテーマを募集して、それを宇宙飛行士にやってもらう、というものだったが、今回、アーチストそのものを宇宙に連れて行き、アーチスト本人が宇宙空間内でどうインスパイアされて何を生み出すのか?の実験をすることになったそうだ。
宇宙飛行士になる訓練はこれはもう、なかなか厳しい内容だからね。
これは想像だけど、俺たちが思う普通のアーチスト、ミュージシャンという人種にとっては、真逆というか絶対に相入れないライフスタイルだと思うんだよね、いや、ほんと。
ある意味芸術的人体実験だな。
人間の持つ可能性そのものを実験するという。
俺は密かに楽しみにしている。
あと、聞いたところによるとゲイリーは日本食も好きだそうだ。
俺としては腕の見せどころだな。

そんな国も経歴もバラバラな3人の食事を担当するのが俺の仕事だ。
ISSは最大6名まで滞在出来るのだが、今回は俺を入れて4名で半年間過ごすことになる。
その間に様々な実験を行うことになるのだが、ある意味、俺の仕事も実験といえば実験だ。
宇宙空間はなんと言っても食料物資の調達に圧倒的に制限があるからな。あ、醤油切れた、買ってきて、というわけにはいかない。
生鮮食品があるのも最初の数日間だけだしね、毎日市場が開いていて常に新鮮な食材がある日本で生まれ育った俺には、想像は出来ても実感覚としては全く無い状態だ。
そう言った環境の中で、半年間、舌の育ち方が全く違う3人の食事を作り続けるというのは、料理人としてはかなりの実験であり挑戦なのだ。
前にも言ったが、俺は料理人としてふらふらしていたおかげ?で、かなりのジャンルの料理を作ることは出来る。
まあ、中にはなんちゃってなものもあるが。
だから、3人別々にそれぞれの舌に合った料理を作ることは出来るとは思う。
ただ今回のミッションというか制約は、どの食事も3人同じものを食べること、というものなのだ。
食料の量と種類の制限があるから当たり前といえば当たり前だが、もう一方の目的は、食事はコミュニケーションを生み出すから、ということのようだ。
確かに、そうだ。
栄養の摂取だけが目的であれば、究極点滴をすればいい。
人はなぜ美味しいものを求めるのか?人と一緒にテーブルを囲むのか?ある意味「人と食事」の根源的関係を探る実験なのかもしれないな、これは。
まあ、JAXAの実験項目には無いかもしれないけど。
俺にとっては密かなテーマだな。

「ヘイ、マサ、お前の美味いメシ、楽しみにしてるぜ」
フェルナンドが声をかけてくる。

「マサのおかげで、今より健康になって地球に戻るね、きっと」
ソムチャイがニッコリ笑って言う。

ゲイリーは、ひゅう〜、と口笛を。

そして今、俺達4人は、揃って巨大なロケットを見上げている。

さあ、出発だ。



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