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物語のタネ その七『けもパンファイトクラブ #1』

吾輩は猫である。
名前は、もうある。
お金持ちの家庭で福々と育った三毛猫・ピケ丸がひょんなことから、動物達の格闘技リーグ“けもパンファイトクラブ“に参加することに・・・。
そこで、彼を待ち受けていたのは⁈
汗と涙と根性のストリートストーリー。

吾輩は猫である。
名前は、もうある。
ピケ丸、である。

祖先は、かの有名な大作家のお家にいた猫ではないかと密かに思ってはいるが、確証は無い。
因みに、年齢は3歳。
人間で言うと30手前。

吾輩の主人の名前は、森野しずか、年齢は10歳。
私からしたらお子ちゃまもお子ちゃま。
元気すぎるのがたまにキズかもしれないが、元気なことはいいこと。
大人として、ご主人様を守るのも30手前の猫の役目である。
そして、そのしずか嬢のお父上が、森野和夫、50歳。
一代で、森野財閥、今風に言うとホールディングスカンパニーを築き上げた凄腕のビジネスマン。
若い頃からがむしゃらにビジネスをやってきた和夫氏が40の時に生まれたのがしずか嬢。
そりゃあ、もう可愛くて可愛くて仕方無し!状態であっただろうことは、今の姿を見ても想像がつく。

そんなしずか嬢が3年前にふらりと寄ったペットショップではなく、チラリと見た道端に捨てられていたのが、吾輩。
すくすく伸び伸び優しい子に育った、しずか嬢に抱えられこの家の門をくぐり、それから3年間、吾輩もすくすく伸び伸び育って来たというわけ。

さてさて、そんな平和で優しさあふれる家族の物語を語ろうではないか、と思っていたのだが、ちょっと今日はお家が騒がしい・・・。

「社長、やられました!」

朝一番に、和夫の懐刀と言われる森野HDの常務・竹内が、森野家の応接に飛び込んで来た。
和夫とは創業時代からの仲間で、森野がここまで事業拡大をすることが出来たのは、竹内の献身的かつ尋常ではないパワフルな働きのおかげと言っても過言ではない。
そんな竹内が冬というのに汗びっしょりで息を切らせている。

「時間外取引でやられました。。。」

吾輩は経済のことは詳しくはないが、最近和夫の会社は海外の大手ファンドにTOBをかけられていた。
一代で築いたこの会社を乗っ取られてたまるか、とあの手この手で防戦はしていたようで、和夫は見るたびに疲れ、いややつれが増していた。
そんな時、吾輩に出来ることと言えば、のんびり猫ちゃんを演じることくらいなので、努めてそれを装ってはいたのだが、そんな吾輩を撫でながら、ぼーっと視線を空中に彷徨わせることが最近は多くなっていた。

「何か手は無いのか、、、」
和夫が絞り出すような声で言う。
「残念ながら、、、今はもう」
答える竹内の声に涙が滲んでいる。
「社長、もう一つ、あちらの投資ですが、、、」
和夫達は少し前から新しい事業に投資を始めていた。
ブラジルで新たなバイオエネルギーを開発するという事業だ。
TOBのこともあった為、こちらの事業は、森野家の個人会社での展開に移したばかりであった。
「あれがどうしたんだ?」
「実証実験で重大な欠陥が見つかり、これ以上の開発は出来ないと先程ブラジルから連絡が、、、」
「なんだって⁈」
詳しい金額は我輩は分からないが、この事業にはかなりの金額を投資していたらしい。
自己資金のみではなく、付き合いのある金融機関からも多額のお金を借りて。
「森野HDが買収されて、社長のものでなくなったとなると、金融機関が掌を返したように返済を迫ってくる可能性もあります、、、」
「うーん、、、う、うううう」
「社長!どうしました⁈社長・・・・!」

突如、和夫が胸を押さえて苦しみ出した。
「社長!社長!!奥様、誰か!早く救急車を!!!!!」

こうして、失意のどん底の状態で、森野和夫は呆気なく天国へ旅立ってしまった。
ビジネスでは強引なこともやったと思うが、根は娘想いの猫想いの優しい人だったから、きっと天国に行けているだろう。
当主を失った会社は、恐ろしくあっさりと、そして高速に買収作業そして組織変革が進んでいった。
買収されたとは言え、森野家には和夫の持っていた森野HDの株があったのだが、それはブラジルへの投資の為に銀行からの借金の返済に消えた。
しかも、借り入れた金額が莫大だった為、それでも借金が残ってしまった。
森野家の個人資産・不動産、つまりは吾輩が育ち慣れ親しんだこの家も手放すことになってしまったのだ。

そして、今日はついにその引っ越しの日。

荷物の運び出しは終わり、母まりあさんと並んで吾輩を抱き抱えながら門の前に立つしずか嬢。
「しずか、これまでのことはお父さんに感謝。そしてこれからはお母さんと頑張っていこうね」
「うん。お母さん、しずか、大丈夫だよ」
「じゃあ、お父さんにもう一度、ありがとうって言おうか」
「うん」
門に向かって深々と頭を下げる2人。
吾輩を抱きしめるしずか嬢の腕が少し震えていた。

2人の新居は、古いアパートの一室。
2人は勿論、吾輩もテレビのドラマでしか見たことがないような代物。
荷物をほどきながら、まりあさんはしずか嬢に話しかける。
「お父さんが勤めていた会社を辞めて、森野の仕事を始めた時、お母さんとお父さんはこんな感じのお部屋に住んでいたのよ」
「え、そうなの?」
「そうよ、なんか懐かしいわ。それはそれで希望に燃えて、楽しかったわ。だから、あなたも心配しないで」
「うん!それに、ピケ丸もいるしね」
「そうね。そう言えば、あの頃のアパートはペットダメだったから、今回はグレードアップしているわね」
「そうなのね、ふふふ」

明るく振る舞っているまりあさんだが、きっと心の中は不安でいっぱいに違いない。
和夫の仕事が始まってから、彼女は彼の心の支えとして、これ以上無いほど和夫に尽くして来た。
それ故、所謂世間一般で言うところの仕事というものは一切して来なかった。
それが、これからは自分で働き収入を得てしずか嬢を育てて行かねばならない、、、。
働いたこともない吾輩が言うのも何だが、吾輩の手で良ければいつでも貸したい。
どうしたら良いのか?
残念ながら吾輩に今その知恵は無い。

簡単な夕食を済ませ、その夜は早々に床に着いた。
夕食の時、
「ピケ丸ちゃん、あなたも心配しないでね」
まりあさんがいつものお皿に盛ってくれたのは、前と変わらぬキャットフード。
嬉しくて申し訳なくて、いつもよりちょっと塩っけが強かった。。。

いまいち眠りが浅い中、うとうとしていると、
「あのー、ピケ丸さん」
吾輩を呼ぶ声がする。
2人を見ると熟睡中だ。
今日は、今までの人生で最大の環境変化の日だったから相当疲れたに違いない。
空耳かと思ったその時また、
「ピケ丸さん、ピケ丸さん」
「ん、誰?」
人間には聞こえない声で吾輩は問い返した。
「あ、聞こえましたか。私『けもパンファイトクラブ』スカウトのマシューと言います。あ、因みに、ネズミです」
「はあ、けもパン?なんですか、それ?あ、あと、私、ネズミさん興味無いんで安心してください」
「ありがとうございます、助かります。あ、けもパンファイトクラブですけども、こちら地球上で一番強い動物は誰か?を競い合う格闘団体でございます」
「一番強いのはライオンじゃないの?」
「種の話と言いますか、生物学的や食物連鎖的に言うと、そういうイメージはありますが、そう言う視点ではなく、あくまで格闘技、個のファイターとして誰が強いのか?ということを競い合う健全な格闘スポーツなんです。因みに食物連鎖的に言うと、一番強いのは人間ですけどね」
「言っていることは分かりました。そのけもパンさんが、私に何の用?」
「単刀直入に言います。あなたもけもパンファイターになりませんか?」
「えー、無理無理無理。私、喧嘩一つした事無いんだから」
「まりあさん、しずか嬢、これから生活大変ですよね」
「ええ、、、、、、、まあ、そうだと思います。。。。。。」
「ピケ丸さんは、お世話になっている2人を、ただぼうっと見ているだけでいいんですか?」
「いや、それは私も何か出来るならしたいな、と。でも、何を、、、」
「けもパンファイター、強い人は年収億単位です」
「え⁈」
「これからのペットは、可愛さでご主人様の心を癒すってだけではダメです。もっと積極的に動かないと。それこそ真の信頼関係が築けるのです。私が見たところ、ピケ丸さんには才能がある。格闘家としての眠れる炎があります。それを2人の為に使いましょうよ!」
「本当に、そんなものが私にあります?」
「あります。数々の名ファイターを発掘してきた私の目に狂いは無い。一つ例を出しますと、ピケ丸さん、人類最強のボクサーの1人であるモハメド・アリご存知ですか?」
「はい、知ってます」
「彼は、あの名前の通り、元々はけもパンファイトクラブで戦っていた蟻さんなんですよ。元々は昆虫達の格闘技団体『むしパンファイトリーグ』にいたのですが、そこで強すぎて戦う相手がいなくなり。私が強引にけもパンに移籍させましてね。そこでも強すぎて相手がいなくなり、ついには人間の世界にデビューさせたんですよ、私が」
「本当ですか⁈」
「本当です。さあ、私を信じて、愛するお二人の為に、最強ファイターも目指しましょう」

いやはや、とてつもない話が舞い込んで来た。
その時、吾輩の頭の中に、今夜の夕食のことが浮かんで来た。
優しいまりあさんにしずか嬢。
これから2人を待ち受ける試練を考えると、吾輩が出来ることは何でもしたい。
吾輩に本当にファイターとしての才能があるのかどうかは分からないけれど、吾輩が闘う事で少しでも2人の生活を楽に出来るのであれば、少しでも恩返しが出来るのであれば、、、。

「分かりました。お願いします」
「本当ですか⁈良かった!あなたなら最強のファイターになれますよ」
「とにかく、頑張ります」
「頑張っていきましょう、お二人の為に」
「はい」
「では、これで契約完了です。改めてこちらから連絡します。そしてもう一つ『けもパンファイター』となられた方には特典としてある特別能力が付与されます」
「特別能力?なんですかそれは?」
「あの、お好きな方お一人だけ人間と喋ることが出来る能力です。ピケ丸さんの場合はしずかさんでよろしいですか?」
「本当ですか?それ。本当であれば、はい、しずかさんで」
「了解しましたー!手続きしておきます。では、また!」

マシューさんの声が消えて、静けさが戻って来た。
横を見ると、まりあさんもしずか嬢も寝息を立てている。
あれはなんだったのか?
吾輩も疲れているのだな、きっと。
でも、2人の役には立ちたいな、なんでもいいから、、、。


翌朝目を覚ますと、2人はもう起きていた。
うーんと伸びをすると、しずか嬢が近づいて来て吾輩を抱き上げた。
「おはよう、ピケ丸」
と言ってすりすり。
毎朝行われる幸せのルーティーンだ。
「おはよう、しずか嬢」
吾輩もいつものように鳴き声で答える。

「え、ピケ丸、今、おはようって言った⁈」
びっくりしている、しずか嬢。

え、まさか⁈


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