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物語のタネ その六 『BEST天国 #35』

様々な地獄があるように、実は天国にも様々な種類がある。
現世での行いや悪行により問答無用に地獄行きかが決められてしまうのに対して、天国は自分で選べるのだ。
ここにまた、ある1人の男が死んでやって来た。
名前は、宅見卓朗。享年37歳。
前回は「宇宙の目天国」を訪れた宅見氏。
さて、今回はどんな天国に?

あらすじ

ミヒャエルのオフィス―――
いつもの如く宅見氏がミヒャエルの淹れたコーヒーを飲んでいると、

ピンポーン

宅配便が届いた。
それを受け取り箱を開けるミヒャエル。

「届いた届いた」
「ミヒャエルさん、何を買われたんですか?」
「あ、サウナハットを」
「サウナハット⁈ミヒャエルさんもサウナーなんですか?」
「実は、最近デビューしまして。始めてみたら、結構ハマってしまいまして・・・」
「そういう方多いらしいですね。ということは天国もサウナブームなんですか?」
「ええ、人間界も相変わらずサウナブームらしいですが、こちら天国も」
「そう言えば、サウナ天国、ありましたものね」「
あそこ、今大繁盛ですよ」
「そうなんですね!確かにあの“ととのう“って感覚、いいですものね」
「です」
「でも、私、あの“ととのう“前のなんとも言えないボーッとした感覚も好きですね」
「ああ、あの、心身が浮いているんだか沈んで行っているんだかわからない感覚ですね」
「そうです、そうです!」
「ん⁈となると・・・」
「どうかしましたか?」
「あそこ、もしかしたらいいかも・・・」
「?」
「とにかく行ってみましょう!」

いつもの如く白い空間―――

「ミヒャエルさん、サウナハットは?」
「いや、宅見さん、こちらサウナではないんですよ」
「え?そうなんですか?私、てっきりサウナ天国パート2かと思っていました」

すると、白い空間の向こうからスーツを着た1人の女性が現れた。

「ミヒャエルさん、お待たせしました」
「ご無沙汰しております、有吉教授。本日はよろしくお願い致します」
「教授?あ、はじめまして宅見と申します。ここは天国なんですよね?」
「はい、勿論」
「そうしますと、何の天国なんでしょうか?」
「ここは“恍惚追求“天国です」
「恍惚?と言いますと、あの・・・ボケちゃっている感じがずっと続くということですか?」
「私と同じ苗字の作家さんが書いた本の影響ですね。恍惚=ボケ老人、と皆さんまずはそう考えられます。が、『恍惚』を辞書で引くとこうとも書かれています。『うっとりするさま』と」
「言われてみれば確かにそういう意味も」
「宅見さんは何かにうっとりしたご経験は?」
「うーん・・・そうですね・・・あ!」
「ありました?」
「ちょっと恥ずかしいですけど、中1の時に好きだった松田さんのことを授業中に見ながらうっとりしていた気が」
「あら、素敵じゃないですか。松田さんのこと見ている時、どんな状態だったか更に思い出してみて下さい」
「えー、と。まず、周りの音が耳に入って来ていませんでしたね。先生に当てられても気付かなくてよく怒られました。あとは、そうですね、とにかく、ずっと見ていられました。松田さんのこと。懐かしいな」
「その時の宅見さんは、松田さんに心を奪われていたんですね」
「心奪われて、ああ、まさにそうです!」
「それが“恍惚“の真髄です」
「⁈」
「自分が好きなものに心奪われている状態100%。これ、究極の幸せ状態じゃないですか?」
「!」

「宅見さんいかがですか?」

うーん、と悩む宅見氏。
しかし、いつもよりはかなり短めに。

「でも教授。私、心奪われる対象が、経験上、松田さんしかないんですけど・・・」
「心配しないでください。先ほど申しましたように、ここは恍惚“追求“天国。恍惚の上には更なる恍惚がある・・・。ここにいらっしゃる方は、更なる心奪われる対象や心の奪われ方を追求されています。宅見さんも一緒に追求して行きませんか?恍惚は1日にしてならず、千里の恍惚も一歩から、ですよ」

うーーーん、と今度は長めに悩む宅見氏。
そして、

「すみません。私、恍惚の追求は無理そうです」
「あら」
「考えれば考えるほど、恍惚を目指すのは大変だな、という気持ちに心が支配されてしまいました」
「それは残念。でも、人それぞれですから。宅見さん、きっとあなたの心を奪うような天国に出会えますよ」
「ありがとうございます」

優しく宅見の肩を叩く有吉教授。
少しホッとした表情の宅見氏。

「恍惚、ボケちゃったお年寄りのイメージで、正直もっと簡単だと思っていましたが、ある意味究極の修行なんだなと思いました」
「ええ、そうです。だから皆さんが言うボケちゃったお年寄りって、ある意味生き仙人みたいなものなんですよ」

なるほど、と頷く宅見氏。

さて、次はどんな天国に?



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