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物語のタネ その六 『BEST天国 #29』

様々な地獄があるように、実は天国にも様々な種類がある。
現世での行いや悪行により問答無用に地獄行きかが決められてしまうのに対して、天国は自分で選べるのだ。
ここにまた、ある1人の男が死んでやって来た。
名前は、宅見卓朗。享年37歳。
前回は「家族の為に肉を焼く天国」を訪れた宅見氏。
さて、今回はどんな天国に?

あらすじ

天国コンシェルジュ、ミヒャエルのオフィス―――

ミヒャエルの淹れたコーヒーを飲みながらボーッとしている宅見。
ふと見ると、ミヒャエルがパソコンの画面を見ながら何やら探している様子。

「ミヒャエルさん、何を探しているんですか?」

「あ、宅見さん。そうだ、宅見さん、ワインお詳しかったりします?」
「いや、お詳しくはないです、残念ながら。でも、なぜワインを?」
「前回お世話になった、ステーキのナイスガイあさくまさんへのお礼です。やはり肉ならワインだなと」
「そういう気遣いしているんですね」
「ええ、やはりいい気分で内見させて頂きたいですからね。日頃の付き合いは大切です」
「どの天国を見に行っても、皆さんとても親切にしてくれるもんな〜。さすが天国と思っていたのですが、やはり。改めてありがとうございます」
「いえいえ、当たり前のことをしてるだけです。そうか、宅見さん、あまりお酒は飲まれないんですね」
「嫌いではないのですが。正直に言いますと、弱いのについつい飲みすぎちゃって、次の日の二日酔いが激しいんです。あれを思うと、中々飲めないですね・・・」
「宅見さん、意志が強いんですね。お酒飲む方、それが分かっていてもついつい飲んじゃうじゃないですか」
「二日酔いの苦しさもあるんですが、それだけではなくて。実は、ある時、重要なプレゼンの前日に資料が出来上がった嬉しさで飲んじゃって、当日二日酔いでヘロヘロでプレゼンがしどろもどろで大失敗して、上司に大目玉を食らったことがありまして・・・。そちらのトラウマが」
「あら。1日待てば良かったですね」
「嬉しい時はちょっと飲みたくなるじゃないですか」
「それはそうですけど」
「二日酔いにさえならなければな、絶対上手く行ったんだよなー」
「!宅見さん、ちょっと行ってみましょう」
「え、どこに?」
「いいからいいから」

ミヒャエルに急き立てられてオフィスを出る宅見。

いつものごとく真っ白な空間。

白い空間の向こうから一人の男がしゃなりしゃなりとやって来た。
何やら色々と載せたワゴンを押しながら。

「どうもどうもミヒャエルさん、お久しぶり」
「ご無沙汰しております、浅野さん」
「また新しいの入ったよ、試してみる?これは効くよ」
「ありがとうございます。ただ、今日は内見に来たんですよ」
「そうなのね。こちらの方?」
「はじめまして、宅見と申します。えっと、こちらはどんな天国なんでしょうか?」
「どうも、浅野アルデヒドよ。ここはね、“二日酔いにならないかも天国“

「二日酔いにならないんですか?」

「いえ、二日酔いにならない“かも“天国よ」

「かも?」
「そう。宅見さんは二日酔いになったことある?」
「ええ。昔、ひどい二日酔いになったことがあります」
「そうね。ほとんどの人が経験している、その二日酔い。旧約聖書にもその記述があるくらいだから、永遠のテーマよね、人間の。でもね、実はなぜ二日酔いになるのか?本当のところの原因はまだ解明されていないのよ」
「そうなんですか⁈一般的にはアセトアルデヒドが原因と言われていますよね」
「勿論、それもそうよ。でも、それだけが原因だったら、とっくに二日酔いにならない為の薬、開発されていると思わない?がんも治るって言われている時代よ、今」
「確かにそうですね」
「人はなぜ酒を飲むのか?と同じくらい奥が深いテーマなのよ、二日酔いって」
「なるほど・・・。でも、やっぱりあの苦しさは無い方がいいですね」
「無い方がいい。そう、そこに二日酔いのロマンがあるのよ」
「ロマン、ですか?」
「このワゴンの上を見て」

ワゴンをグイッと宅見の前に押し出す浅野氏。

「ここにあるのは、どれも二日酔いを防ぐ、と言われているものよ」
「すごくたくさんあるんですね」
「いやいや、これは最新商品のほんの一部中の一部」
「うわー」
「このうちのどれかをお酒を飲む前に飲むじゃない。で、好きなだけお酒を飲むわけ。そして、次の日の朝、あれ?二日酔いじゃない!って思った時の爽快感と言ったらサイコーよ。前の晩のお酒が全面的に肯定されたって感じ。飲んで良かったーって改めてまた次のお酒への意欲が湧いてくるのよ」

「でも、100%二日酔いにならないわけではないんですよね?」
「そうよ。そこがポイント。これかな?と自分がベットしたものが効くか?効かないか?そのドキドキ感、競馬の比じゃないよ。まさに自分の全身全霊をかけて酒を飲む。二日酔いにならない“かも“、この“かも“こそがお酒の陰の楽しみ、魅力なのよ!」

「ふ、深いですね・・・」
「宅見さん、どう?ここで、お酒の楽しみの表と裏両方を満喫してみない?」

うーん、と悩むこともなく、

「すみません・・・無理です」
「あら」
「そこまで深く楽しめたらそれはそれで魅力的なんですが、私には、ちょっと」
「まあ、無理してやることじゃないからね。でも、お酒は好きでいてね」「もう、それは勿論!」
「じゃあ、宅見さんが自分にピッタリの天国を見つけたら、お祝いしましょ。その時は特別サービスでスペシャルな錠剤用意しておくから」
「ちょっとそれ怖いですが、でも、ありがとうございます!がんばります」

さて、アフター祝宴の準備も整って、次回はどんな天国へ?




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