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物語のタネ その八『ツッパリハイスクールRR #12』

俺の名前は北田勝。62歳。職業俳優。
コワモテの演技派として主にヤクザ、クライムものの作品に出演している。
今、俺とその役者仲間たちは、一粒で8時間「高校時代の自分の姿」に戻れる薬を使って「現役のツッパリ高校生」になり、文化祭に向けて「お化け屋敷部」に入部。
突如の活動予算大幅カットの大ピンチを村井のアイデアで切り抜けられるか⁈

土曜の夜ー
撮影所のBARラウンジ。

実際は、撮影所の食堂の一角なのだが、長年、数々のスター俳優達が撮影の後和んできた、ちょっとしたレジェンドな場所。
若かりし頃の俺たちは、当時の先輩スター俳優達が、撮影の合間や撮影の後、そこでくつろぐ姿を見て、いつか自分もあそこで「ビール、頂戴!って言うぞ!」と思っていた憧れの場所。

そこに今、俺はいる。
俳優仲間の滝内、松林、村井と一緒に。
考えてみると、若い時に憧れを抱くことに出会えたこと、そして、そこに向かって頑張れた俺の人生、捨てたもんじゃないな、ふふ。

最近、高校生になって一つ気づいたことがある。

俺、別に高校生の頃に戻りたい、とは思わないなってこと。

60歳も過ぎると、当然体にもガタが来る。
頭だって禿げちゃってるし。
役者は体一つで取り組む商売。
正直ここ最近は、もうちょっと若ければ、とか、若い時はもっと出来たのに、とか思うことが多かった。
だから、今回“現役のツッパリ高校生“に、という話を貰った時、その気持ちが加速するかな、と思ったんだけど。
いざ、高校生時代の自分の姿と対面してみると、正直、この頃に戻りたい!という気持ちは湧いてこなかったのだ。
その気持ちが湧いてこなかったことで逆に気づいたことがある。

ああ、俺、幸せな人生を送ってるんだな、と。

そんな人生を送れたのは、今、目の前にいる仲間のおかげなのかもしれない。
一緒に歳をとっていく仲間がいるってのはいいもんだな。
一緒に歳をとっていくから、逆に瞬間瞬間はいつまでも歳をとらない、とでも言おうか。
昔は「六本木のお店の◯◯ちゃん、俺、狙うぜ」今は「最近、膝が痛くてよ」。
話題は何でもいいのだ、側から見たらどれもどうでもいい話題なのだ。
そして、そんなどうでもいい話で盛り上がれる仲間がいることが大切なんだ。
これって、歳とらないと分からなかったことかもな・・・。
俺は、2杯目のビールを飲みながら、そんなことを考えていた。

「で、勝ちゃん、どうやって村内さんに話しかけんのよ」
滝内の声で、ふっと我にかえる。

「この中で村内さんと一番仲がいいのは村井だろ?村井が話しつけるのが一番じゃないのか?」
「それがね・・・」
滝内の目線を追ってみると、その先にシクシクどよーんなオーラを纏った村井の姿が。
「ああは言ったけど、まだ立ち直れていないんだって」
村井は、かなり役に感情移入をするタイプの役者なので、今回もマジで村内さんに惚れちゃったんだろうな。
あいつの中では、今、完全に自分は青春真っ只中の高校生だから。
ただ、薬が切れた今は、50半ばのおっさんがシクシクしているだけだが。

「村井」
俺は、グラスのビールを一口飲んで話しかけた。
「友人に恋を譲って、しかもその橋渡しをする、いいシーンじゃねえか。くそぉ、お前、美味しい役やりやがって」
ピクリと村井が反応する。
「この脚本、このシーンが山場だからな、お前。ホント、美味しいよな」
「美味しい?やっぱり?」
「どう考えてもな」
「美味しい?」
「美味しい過ぎ」
「そう?」
「やらないなら、監督に言って俺がもらうわ」
「ダメ」
「ダメなの?」
「ダメですよ、俺の役なんだから」
「なんだよ、ケチ」
「勝さんに言われても、ダメはダメっす。俺の役ですから」

はい、復活。
役者は皆“美味しい役“に弱いのだ。

「じゃあ、週明けの月曜日。昼休みにこのシーンシュートな」
俺たちは、今日2度目の乾杯をした。

キンコンカンコーン♪

4時限目の終了を告げるチャイムが鳴った。
さて、ここからシーンスタートだ。
村内さんに歩み寄る村井。
「村内さん」
村井の声に笑顔で振り返る村内さん。
「ちょっと、相談があるんだけど、お昼ご飯の後、ちょっと時間もらっていい?」
村井、キラキラ笑顔全開。
「いいよ。何?相談って?」
「それは、後で。じゃあ、俺、学食行ってくるから、村内さん、お弁当食べ終わったら図書館前でいい?12時半とか」
「いいよ。じゃあ、後でね」
「ほい、後で」

俺たちの方に戻りながら、村内さんに見えない様にウインクする村井。
高校生時代の村井、ちょっと悔しいが、正直、かっこいいぞ。

クラスを出る俺たち。
学食ではなく向かったのは、お化け屋敷部の部室。
ガラッと、部室のドアを開ける。
「内村くん、村内さんに声かけたよ」
あれ?石地蔵こんなとこにあったっけ?と思ったら、内村くんだった。
「大丈夫?」
「大丈夫・・・・・だと思う」
「大丈夫かよ、ほんとに。じゃあ、段取りもう一度おさらいしようか」

内村くんと最終打ち合わせに入る。

時計の針は12時15分。

本番15分前!



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