物語のタネ その六 『BEST天国 #45』
ミヒャエルのオフィス―――
マグカップを両手で包み込み、コーヒーを飲む宅見氏。
「宅見さん、どうですか?今日の珈琲は?」
「また新しい味ですね、美味しいです」
「よかった、嬉しいです」
「やっぱり、私は味だけではなく、たくさん飲むってのが好きですね」
「人それぞれかと思いますが、量の存在が質の感覚をサポートしているってとこはあるかもしれませんね」
「質と量の分離、量の呪縛からの解放。しかし、一見単純に見える天国の裏側には皆、色々と深い思いがあるんですね。すごいなぁと思いつつ、なんか逆にプレッシャーみたいなものを感じちゃいますね」
「プレッシャー?」
「ええ。なぜその天国を選んだんだ、と聞かれた時に、なるほど、と思って貰える天国を選ばないとな、なんて」
「そう言えば、以前も同じような思いになられていましたね」
「はい、どうしてもその悩みが時々ぶり返して来ちゃうのです」
うーむ、と少し思案顔のミヒャエル。
そして、
「よし、あそこ行ってみましょう」
「あそこって?」
いつもの如く真っ白な空間―――
しばらくすると1人の男性がやって来た。
ジーンズに白Tシャツ、健康そうに日焼けした顔から白い歯が覗いている。
「やあ、ミヒャエルさん、お久しぶり!」
「お久しぶりです、エイサクさん!相変わらず爽やかですね」
「どうも、ありがとう!今日もスッキリいい気分だよ!」
「何よりです。ご紹介します。こちら私がコンシェルジュをやらせて頂いている宅見さんです」
「宅見です。はじめまして」
「どうも、キチダエイサクです!よろしく!」
「エイサクさん、初対面で言うのもなんですが、清々しさと快活さを絵に描いたような方ですね」
「ハハハ、ありがとうございます!」
「それは、やはりこちらの天国のおかげなんですか?」
「勿論、そうですよ!」
白い歯が光るエイサク氏。
そこにミヒャエルが割って入る。
「宅見さん、どんな天国だと思います?」
「えー、そうですね。やっぱり何かスポーツ関係ですかね?」
「ブー!ハハハハ」
快活に否定するエイサク氏。
「スポーツじゃない⁈他にこんなに爽やかさを生み出すものってあるかな」「チッ、チッ、チッ、チッ。まもなく制限時間です」
ニヤニヤしながら告げるミヒャエル。
「チッ、チッ、ブー時間切れ!残念!では、エイサクさん、正解をどうぞ!」
「はい。正解は、“足の爪が伸びない“天国です」
「え?足の爪?」
「はい」
「が伸びない?」
「そうです」
「それだけ?」
「それだけです」
「スミマセン、失礼ながらそれって天国なんですか?」
エイサク氏の目がカッと開く。
「天国ですよ!宅見さん、足の爪が伸びて良いことありましたか?」
「?」
「手の爪はある意味ファッションアイテムですから、伸びることで好きな長さに出来て伸びることに意味があるのです。でも、足の爪ってある一定の長さ以外考えられないですよね」
「そう言われてみれば・・・はい」
「ならば、一番良い長さでキープ出来ていれば良いと思いませんか?靴下のつま先が痛むスピードも遅くなりますし、何より、爪を切らないといけない、という時間を他の有意義な時間にまわせるんです。そんな煩わしさからの解放、それが私の清々しさと快活の理由なんです!」
「それは、まあ、確かに」
「さあ、宅見さんもそんな煩わしさから解放されて、超スッキリした気分にこの天国でなりませんか!」
宅見氏、いつものように考え込むのではなく、何かモジモジと言いにくそうに、
「あの・・・」
「どうですか!」
「・・・好きなんですよ」
「?」
「私、足の爪を切るのが」
「え?」
「良い具合に伸びたなってのをパチンと。手の指とは違うあの硬さって言うんですか、切り応えがある感じがいいんですよ。だから逆に、早く伸びないかな、なんて思う時もあったりして」
「はぁ、なるほど、そっち派でしたか」
「ええ、そっち派です」
「ならば仕方無い。天国は多様性の極地ですから、それはそれでありです」「ありがとうございます」
宅見氏の肩をポンポンとするミヒャエル。
それに応えるように笑顔で小さく頷く宅見氏。
さて、次はどんな天国へ?
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