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物語のタネ その六 『BEST天国 #45』

様々な地獄があるように、実は天国にも様々な種類がある。
現世での行いや悪行により問答無用に地獄行きかが決められてしまうのに対して、天国は自分で選べるのだ。
ここにまた、ある1人の男が死んでやって来た。
名前は、宅見卓朗。享年37歳。
前回は「ペロッとした途端に美味しさが分かるお酒天国」を訪れた宅見氏。
さて、今回はどんな天国に?

あらすじ

ミヒャエルのオフィス―――
マグカップを両手で包み込み、コーヒーを飲む宅見氏。

「宅見さん、どうですか?今日の珈琲は?」
「また新しい味ですね、美味しいです」
「よかった、嬉しいです」
「やっぱり、私は味だけではなく、たくさん飲むってのが好きですね」
「人それぞれかと思いますが、量の存在が質の感覚をサポートしているってとこはあるかもしれませんね」
「質と量の分離、量の呪縛からの解放。しかし、一見単純に見える天国の裏側には皆、色々と深い思いがあるんですね。すごいなぁと思いつつ、なんか逆にプレッシャーみたいなものを感じちゃいますね」
「プレッシャー?」
「ええ。なぜその天国を選んだんだ、と聞かれた時に、なるほど、と思って貰える天国を選ばないとな、なんて」
「そう言えば、以前も同じような思いになられていましたね」
「はい、どうしてもその悩みが時々ぶり返して来ちゃうのです」

うーむ、と少し思案顔のミヒャエル。
そして、

「よし、あそこ行ってみましょう」
「あそこって?」

いつもの如く真っ白な空間―――
しばらくすると1人の男性がやって来た。
ジーンズに白Tシャツ、健康そうに日焼けした顔から白い歯が覗いている。

「やあ、ミヒャエルさん、お久しぶり!」
「お久しぶりです、エイサクさん!相変わらず爽やかですね」
「どうも、ありがとう!今日もスッキリいい気分だよ!」
「何よりです。ご紹介します。こちら私がコンシェルジュをやらせて頂いている宅見さんです」
「宅見です。はじめまして」
「どうも、キチダエイサクです!よろしく!」
「エイサクさん、初対面で言うのもなんですが、清々しさと快活さを絵に描いたような方ですね」
「ハハハ、ありがとうございます!」
「それは、やはりこちらの天国のおかげなんですか?」
「勿論、そうですよ!」

白い歯が光るエイサク氏。
そこにミヒャエルが割って入る。

「宅見さん、どんな天国だと思います?」
「えー、そうですね。やっぱり何かスポーツ関係ですかね?」
「ブー!ハハハハ」

快活に否定するエイサク氏。

「スポーツじゃない⁈他にこんなに爽やかさを生み出すものってあるかな」「チッ、チッ、チッ、チッ。まもなく制限時間です」

ニヤニヤしながら告げるミヒャエル。

「チッ、チッ、ブー時間切れ!残念!では、エイサクさん、正解をどうぞ!」
「はい。正解は、“足の爪が伸びない“天国です」
「え?足の爪?」
「はい」
「が伸びない?」
「そうです」
「それだけ?」
「それだけです」
「スミマセン、失礼ながらそれって天国なんですか?」

エイサク氏の目がカッと開く。

「天国ですよ!宅見さん、足の爪が伸びて良いことありましたか?」
「?」
「手の爪はある意味ファッションアイテムですから、伸びることで好きな長さに出来て伸びることに意味があるのです。でも、足の爪ってある一定の長さ以外考えられないですよね」
「そう言われてみれば・・・はい」
「ならば、一番良い長さでキープ出来ていれば良いと思いませんか?靴下のつま先が痛むスピードも遅くなりますし、何より、爪を切らないといけない、という時間を他の有意義な時間にまわせるんです。そんな煩わしさからの解放、それが私の清々しさと快活の理由なんです!」
「それは、まあ、確かに」
「さあ、宅見さんもそんな煩わしさから解放されて、超スッキリした気分にこの天国でなりませんか!」

宅見氏、いつものように考え込むのではなく、何かモジモジと言いにくそうに、
「あの・・・」
「どうですか!」
「・・・好きなんですよ」
「?」
「私、足の爪を切るのが」
「え?」
「良い具合に伸びたなってのをパチンと。手の指とは違うあの硬さって言うんですか、切り応えがある感じがいいんですよ。だから逆に、早く伸びないかな、なんて思う時もあったりして」
「はぁ、なるほど、そっち派でしたか」
「ええ、そっち派です」
「ならば仕方無い。天国は多様性の極地ですから、それはそれでありです」「ありがとうございます」

宅見氏の肩をポンポンとするミヒャエル。
それに応えるように笑顔で小さく頷く宅見氏。

さて、次はどんな天国へ?




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