物語のタネ その六 『BEST天国 #38』
ミヒャエルのオフィス―――
本棚をふと見る宅見氏。
そこに何かを見つけたよう。
「ミヒャエルさん、これってアルバムですか?」
宅見氏の言葉にファイルから顔を上げるミヒャエル。
「ああ、それ。はい、そうです、私の」
「見ていいですか?」
「もちろん」
アルバムを本棚から取り出し、デスクの上で広げる宅見氏。
「あれ?この子供って、もしかして」
「はい、私です」
「あらー、かわいいですね」
「ありがとうございます」
「ミヒャエルさんがいる場所、この立派な建物、どこかで見たことあるような・・・」
「歴史の教科書で見たんだと思いますよ。パルテノン神殿です」
「それです、それです!ん⁈ちょっと待って下さい。ミヒャエルさん、天国にいらしてどの位経ちます?」
「軽く1000年は超えていますね」
「ですよね!となると、この頃って写真まだ無かったんじゃないですか?」「はい、さすがに」
「では、これはどうやって?」
「天国に来てからです」
「天国に来てから?」
「ええ。宅見さん、興味あります?」
「興味というか、一体どうやって・・・」
「なるほど。では、百聞は一見にしかず。行ってみましょう!」
いつもの如く真っ白な空間―――
2人で待っていると、モジャモジャ頭の男性が・・・。
「ご無沙汰してます、シノヤマキさん!」
「どうもどうも、ミヒャエルさん。今日は、内覧?」
「はい。突然すみません。こちら、私が担当させて頂いている宅見さんです」
「宅見です。はじめまして。シノヤマさん、こちらはどんな天国なんでしょうか?」
「ここはですね、“好きな年齢になれる“天国です。それと私、シノヤマではなく、シノヤマキです。すみませんね、細かくて」
「失礼しました。好きな年齢になれる・・・。ミヒャエルさん、もしかして」
「そうです。シノヤマキさんのサービスで子供の頃の写真を撮って貰ったんです。色んな天国のサービスを受けられるのが、コンシェルジュの役得でして」
「そうか。ということはここは好きな年齢になって写真を撮って貰える天国と」
ふっと笑みをこぼすシノヤマキ氏。
「いえ、単に好きな年齢の外見になるのではなく、身も心も好きな年齢になって実際に生活するのです」
「身も心も?」
「はい。18歳なら18歳、5歳なら5歳、60歳なら60歳の自分になって生活します。その間は完全にその年齢の自分になっています」
「ということは、18歳の時に、今18歳になっているなーって楽しむことは出来ないということですか?よくあるじゃないですか映画で。18歳なんだけど中身が大人だから今度は失敗しないぞ、これで人生やり直すぞ!みたいな」
「宅見さん、今お幾つですか?」
「今、というか死んだ年齢は37です」
「18歳の外見になっても中身が37歳では、本当の意味での18歳を満喫することは出来ないでしょう?」
「・・・」
「人はそれまでに経験して来たことによって出来ています。考え方や人格もそうですし、体格だってそう。一番忘れてはならないことは、その時その時の年齢によってそれぞれの魅力があるってことです」
「それぞれの魅力?」
「そうです。同じ年齢でもその魅力は1つではありません。宅見さん、生きている時、時間は常に流れていますよね」
「ええ」
「そうやって止まることなく流れる時間の中で、残念ながら気づかなかった魅力というものがたくさんあるんです。宅見さん、好きな映画や本を観るたび読むたび、新たな発見があるってことありませんでしたか?」
「ありました、ありました。私の場合は『漫画ドラえもん』でしたけど」
「人生も同じです」
「!」
「1人の人生は様々な魅力やドラマに満ちているんです。だからここは、人生をやり直すのではなく、何度も何度も噛み締める場所。人生は噛めば噛むほど味が出てくるスルメみたいなもんです」
「なるほど。なんか、ちょっとジーンとしちゃいました」
「よかったです」
「でもそう考えると、長生きしたかったです。37年間じゃなくて」
「大丈夫です」
「大丈夫?」
「最新のAIが宅見さんの37歳以降の年齢の人生も創ってくれますから」「AIが⁈」
「そうです。どうですか、宅見さん、この天国でご自分の人生を100%満喫をされてみては」
うーんと悩む宅見氏。
やがて・・・。
「すみません、やっぱり遠慮しておきます」
「あら、そうですか、残念」
「85歳の自分にもすごい興味はあるんですけど、なんか、勇気が出なくて・・・。それと、この天国のポリシーと違うと思うんですけど、今の感覚でこれまでの人生を改めて噛み締めてみたいって思っちゃいまして」
「なるほど。でも、それはそれでとても素敵なことだと思いますよ。噛み締めることで今まで気づかなかった、宅見さんにピッタリの天国像が浮かび上がって来るかもしれませんね」
「はい。ありがとうございます」
「じゃあ、折角ですから記念に1枚」
ミヒャエルと一緒に笑顔で写真に収まる宅見氏。
さて、次はどんな天国に?
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