人の才能を恐れること
子供とテレビを見ると、どうしても子供向け番組を見ることが多くなる。
最近はNHKのEテレも面白いなと感じることも多くなってきたのだが、その中で見た単発アニメ やなせたかし原作の「ハルのふえ」のことについてだ。
やなせたかしは説明不要。クリエイターとしては巨匠だ。
子供向けの作品が多く、話の内容、構成は単純なのだが、その中に人生に置いて重要なことをいくつも散りばめている重厚な作りには、さすが巨匠と言いたくなる。
ハルはフルート奏者としてコンテストに出るのだが、圧倒的な実力を持つライバルを前にして、自分にはあんな風に演奏できないと言って逃げ出すシーンがある。
子どもたちはどう見ているのか分からないが、この部分は思い当たるフシがありすぎる。
小説投稿サイトなどで、自分の作品を投稿して反応を見るようなことをしたこともあったのだが、やはりアマチュアでも「こんな書き方、自分にはできない」「うまいなぁ」という感想を持ち、自分はどうなんだと思った経験もある。
こんなことだから、いつまで経ってもだめなんだ
これでプロの作家になりたいなんてよく言っていたもんだ。
等と自分の実力に落胆したこともあった。
その後、クラウドソーシングなどを通じて、自分で書いた文章を買い取ってくれる人を見つけられるようになって、少し自信を取り戻してきたが、それまでに時間がかかったことは、人の才能を恐れる気持ちがいかに強大なものかを物語っている。
でも、考えてみれば、人の才能を恐れて、自分の作品が作れなくなってしまうのも、人のものを見て自分がだめだと思うのも、登場人物は自分しか出てこない。
私の場合も、他の人がなにか言ったわけでもない。
自分がだめだと決めつけていたのだった。
「この人のように書きたい」
では、その人のコピーに過ぎない。
そんなことで悩んでいる暇があるんだったら、自分にしか書けないことを必死に探せばいいんじゃないか?
こう考えるようになり、ライタージャンル問わずいろいろなことを書くようにした。
小説だけで頑張るのではなく、物書きとして頑張ってみることにした。
そうするうちに得意なジャンル、好評だった記事が出てくるようになった。
人の才能を恐れて、自分のブレーキをかけているのは自分でしかない。
やなせ巨匠はこう言いたかったのではないか?
それは、もしかしたら巨匠自身もそういう気持ちと常に戦っていたのではないだろうか?
などと、深読みができるやなせたかしの作品はとても味わい深い。
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