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【小説】二十歳、父からの手紙

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父親から20歳になった息子への手紙。息子がまだ生まれる前に書かれた手紙。家族に起きたある出来事について、死生観を交えながら綴られている。
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#手紙

9.幼少期の記憶の断片

9.幼少期の記憶の断片

私が3歳の時、幼稚園に行きはじめた。とにかく落ち着かず騒々しい子どもだったらしい。通学には電車を使っていた。キノカワ線という私鉄だった。日常的に利用していたはずだが、その当時の記憶はほとんどない。今では、運営する会社が変わっていて、ずいぶんと様相が違う。

いわゆる赤字ルートだった。私が中学生のとき、それを廃線にするかどうかで揉めた。キノカワ市とワカヤマ市が関わり、論争が繰り広げられた。そして、

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8. 私が生きた人生

8. 私が生きた人生

《3》

ここからは、私がいかにして、今の死に対するアイデアに辿りついたかについて話そうと思う。その目的のためには、私が私の人生をどのように過ごしてきたかをあなたに知って欲しい。

振り返ってみると、思っていた以上に、死は私の人生のあちらこちらにあった。しかし、自分の周囲で起きた死に対して、それなりの対応するには、私はある程度の年齢を重ねる必要があった。

一定の時間を共有した人々の死に直面した時

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7.君が生きる人生

私は応答のため手紙を書いた。

人生への関わり方、という答えのないコンテンツ。弟は、それについて常に頭を抱えてきた。そして私とディスカッションを重ねてきた。彼は議論を好む。

しかし、議論も重要だが、私には考えがあった。

彼には、哲学的な話の以前の問題があった。心を持て余しているのではないかという。寂しさが人生訓を狂気的なものにしているという。栄養不足と承認の欠如が、彼をあらぬ方向へ奮い立た

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1. 20歳の生誕の日が幸福であるように

1. 20歳の生誕の日が幸福であるように

《1》

私の息子、20歳の誕生日おめでとう。あなたの父は、あなたに向けて手紙を書いている。その理由は、通常の生活の中では、伝えるのが難しい事柄を話したいと思ったからだ。

飲み会のテーブルで私は、「若い頃にはこういうことがあったんだ」と語りかけるかもしれない。だが私がそのようなことをしたとき、おそらく翌朝、私は何も覚えていない。

私はそんな不誠実なやり方で人生の中核について話すことを好ま

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2. 死はいつもあなたのそばにいる

あなたは死ぬことを望んだことはあるか?

私にはある。

いつから、「私は死にたい」とつぶやくのか習慣になった。家に帰ってテレビを見ていても、突然、ガラスからあふれた水のように「死にたい」という言葉がもれた。

私は実際のところ死にたくはなかった。しかし、この世界に生きることの難しさは感じていた。

逃げることができるならこの世を脱出したい。だが私はそれをすることができない。だから私は、私の心の叫

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3. もしあなたが死を選ぼうとしているとしたら

3. もしあなたが死を選ぼうとしているとしたら

この手紙で書かれていることについて。

「苦難の中で生き続けることもあるだろうが、いつかすばらしいことがある」

そんな説教のようなことを、私は書いていない。

私の人生にはこんな人がいた。誰彼はこのように亡くなった。あなたと私もそうなるかもしれないことを確認している。

誰もがまともでなくなる可能性があり、特に私たちの場合、まともでない人が家族の中にいた。それをあなたの心に留めてほしい。

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6. 人生の意味を知らない弟

6. 人生の意味を知らない弟

その年の夏、千葉の弟から手紙が来た。チヒロは高校を卒業した後、千葉の国立大学に通った。彼は私と比べてずっとスマートな頭脳を持っていた。そして、私よりはるかに歪んだキャラクターを持っていた。

「私はもはや人生の意味を知らない。どうにかして管理しようとしても、状況は改善されるとは思えない。生きているのはいやだ」

彼から時々この種の手紙を書いた。私も別に生きる意味なんて持ってない。私自身の意味な

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