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【選挙徘徊記】2023年 兵庫県・三田市長選 感想

 7月16日告示、7月23日投開票で三田市長選挙が行われた。
 今回は市立の三田市民病院の再編統合計画(1)を推進している現職に対し、前明石市長の泉房穂氏が推す候補や共産党が推薦する候補らが計画反対等を掲げて挑む構図となった。
 一般的には、市長在任中に「子育て支援政策」「パワハラ・暴言」等で全国的に有名になった泉氏が、明石市外でどれほどの実力を発揮するのかが非常に注目された選挙である。

 本稿では、私が実際に各候補者の街頭演説等を聴きに行き、その時に抱いた感想等をまとめる。

●森哲男氏(現・無所属(自/立/公/国/連推薦))

 森哲男氏は県職員出身の現職である。今回は自民党、立憲民主党、公明党、国民民主党、連合の推薦を受け、3期目を目指す。

 街頭演説を見に行ったところ、彼からは「穏やか」「実直」といった印象を受け、政策についても丁寧に説明しているように見えた。その政策とは、財政の安定化をもとに「給食無償化」「子ども医療費の所得制限の撤廃」を実施するといった、子育て・教育に重点を置いたものであった。
 また今回の争点である病院再編計画については、医師不足が課題であるとした上で、「統合を進め、済生会兵庫県病院や神戸大学と連携してより高度な医療ができるようにする」と主張していた。この点に関しては将来の高齢者医療のことが念頭に置かれていたようであり、ニュータウン等で住民の高齢化が進んでいる三田市の市長らしい考えだと言えよう。

 森氏は今回、前述の通り主要な国政与野党や連合の相乗り候補となっていた。実際彼の事務所には自民党の末松信介県連会長や谷公一国家公安委員長(当時)、公明党の山口那津男代表と石井啓一幹事長、立憲民主党の水岡俊一参院議員といった、国会議員からの為書き等が貼られていた。他にも兵庫県教職員組合協議会久元喜造神戸市長らも為書きを送っており、一見すると森氏が主要な政治勢力のほとんどから応援されているかのようであった。
 また彼のスタッフもビラ配りやSNS用の写真撮影等を積極的に行っているようであり、私にはさほど悪くはない、組織的な選挙運動が展開できているように見えた。

 因みに森氏は、演説を聴いていた不審人物(=私)にも気さくに話しかけたり、批判を受けている病院再編計画については「使う言葉が悪く市民への説明に問題があった」とわざわざ反省の言葉を述べたりしていた。私はこのような余裕ぶった様子を見て、「おそらく彼は勝利を確信している」と感じた。そして後述の対抗馬の様子とも照らし合わせた結果、私は「森氏が当選するだろう」と予想したのである。

●田村克也氏(新・無所属(泉房穂氏推薦))

 田村克也氏は銀行員出身。病院再編計画に反対する市民団体の公募によって候補者に選出され、泉房穂氏の推薦を受けた人物である。

 31年間の銀行勤めの影響か、彼からは「頭の良さ」「力強さ」が感じられた。後者は特に病院再編計画を批判する時に発揮されており、その際は「県や神戸市が、民間団体に過ぎない済生会への利益誘導をしようとしている!」と激しくまくしたてていた。
 一方で彼は同じく再編計画反対派である共産党のことも批判する。彼によれば「『統合か否か』を主張すること自体が賛成派の思うつぼ」とのことであったが、この主張は私にとってはいまいち要領を得ないものであった。

 そして再編計画反対派として擁立された彼の訴えは「一旦計画を『白紙撤回』した上で、情報を公開しアンケート等で市民の意見を聞き、対応を決める」というものである。

 私はこの主張を聞いて、4月に行われた大阪府知事選で惨敗した谷口真由美候補のことを連想した。当時彼女は争点にしようとしたIR問題について「情報公開を行った上で住民投票で決める」ことを主張していたが、私にはこれが「曖昧な主張」にしか思えず、IR推進派である吉村洋文知事の対抗馬としては訴えが弱すぎたのではないか、と感じていた。
 そして病院再編計画について似た訴えをする田村氏についても、私は谷口氏と同じように、この白黒はっきりしない主張では、彼がターゲットにしている再編計画反対派の市民が安心して投票できないのではないか、と推測したのである。

 また彼の応援をしているのは一見泉氏だけのようであり、事務所に貼られていた為書きは泉氏と市民団体「三田市民の会」の2枚だけであった。陣営としても組織票に乏しいことを気にしていたのか「ニュータウンに住む無党派層の掘り起こし」を狙っていたようであり、そのために知名度の高い泉氏を宣伝に使う戦略であったと考えられる。
 とはいえ、看板政策すら曖昧な田村氏が組織に頼ることもできなさそうな状況を見て、私は「彼は候補者としては強くないのではないか」と感じたのである。

●長谷川美樹氏(新・無所属(共産推薦))

 長谷川美樹氏は元共産党所属の市議である。前回の市長選にも無所属で出馬し、森氏に敗れていた。今回は共産党から推薦され、「あたたかい三田民主市政をつくる会」なる市民団体の応援を受ける。

 なお、長谷川氏が立候補に至ったことには込み入った事情がある。毎日新聞によれば、3月に立候補を表明した田村氏が、病院再編計画への反対の際に「現在地での存続」を主張しなくなった結果、支援していた別の団体などが反発し、計画浮上時から反対運動に加わっていた長谷川氏を6月に擁立した、とのことである(2) 。

 私は残念ながら長谷川氏本人には会えなかったが、共産党の市議による応援演説を聴くことができた。彼はそこでは田村氏に対し、案の定「病院再編計画について、現在地での存続充実を公約にしていない」云々と批判していた。
 このように、病院再編計画に共通して反対している田村氏、長谷川氏の両陣営が互いを非難し合う様子を見て、私は前述の記事が存在を示唆していた、反対派内部に横たわる「溝」をはっきりと感じたのである。

 また彼らの様子から共産党が長谷川氏を組織的に支援していることが推測できたため、彼には当初から一定以上の得票が約束されていることも予想できた。
 それ故私は「浮動票に頼る弱い田村氏」と「退潮傾向とはいえ組織票を持つ長谷川氏」の間で再編計画反対派の票が分散し、結果的に森氏が漁夫の利を得る展開が容易に想像できたのである。

 以上の3候補の様子から、私は「森氏の三選は安泰。いわゆる『ゼロ打ち』で勝利することすらあり得るのではないか」と予想するに至ったのである。

●多宮健二氏(新・無所属)

 多宮健二氏は元市議である。
 そして実は今回、私が最も会いたかった候補でもある。なぜなら彼は市議時代、当時所属していた「兵庫維新の会」から除名された(3)後、あの参政党から2020年の市議選に挑んで落選した人物だからである(4) 。当時はYouTuberのKAZUYA氏らが党のボードメンバーを務めていた時代であり、現在の参政党とは性格が異なるものの、彼が今も参政党との関係を続けているのかは何としてでも調べたいと思っていた。

 だが結局多宮氏に会うことは叶わなかった。彼の事務所の住所も電話番号も分からなかったのが原因である(今考えれば選挙管理委員会に問い合わせるべきであった…)。
 そして肝心の参政党との関係だが、本人が動画のコメント欄にて「令和3年に離党した」と明言した(5)ことであっさり答えが出てしまった。また選挙期間中に投稿した動画内では「政党の支援もない」 (6) 「どの政党にも所属しない」 (7)とも発言したことから、彼の選挙運動に参政党が関わっていなかった可能性は高いと思われる。
 とはいえどの団体からも支援を受けず、かつ今回は選挙カーという武器を自ら封じていた結果、彼の発信力は「独立候補(俗に言う「泡沫候補」)」並みに弱いものであったと言わざるを得ないだろう。

 もっとも彼は「ふるさと納税の活用による財源確保」「市民が市長、市職員、市議らと直接対話をする会議の開催」といった興味深い政策を掲げていた。本人から直接これらの政策の詳細を聞けなかった点は今考えても残念でならない。

●選挙結果と総括 ~「私の予想」と「市民の期待」は裏切られたのか~

 今回の選挙は、投票率が42.6%と前回から12.14ポイントも下がる中森氏と田村氏の激戦となり、最終的に田村氏が森氏を破って初当選を決めた。即ち「森氏の三選。ゼロ打ちもあり得るかも」という私の予想は大外れとなったのである。

 この結果に至った要因については、現地での取材を敢行した選挙ウォッチャーちだい氏が詳細に解説している。
 彼はまず森氏について、自民党や公明党の応援が機能していなかったことに加え、彼が「新しいことは何もしておらず…、従来通りの選挙をした」点を指摘している。私が森氏から感じた「余裕ぶった様子」は実際は「呑気に選挙を戦っていた様子」であり、陣営の「さほど悪くはない選挙運動」は実は「極めて平凡な選挙運動」だったのかもしれない。

 そして田村氏については、森氏を推薦しているはずの立憲民主党、国民民民主党、連合のような労組系団体から実質的な応援があったとのことであり、「組織に頼れない田村氏」という私の見立ては的外れだったのである。
 またちだい氏は「泉房穂氏の応援」「透明な選挙カーの使用」が高い効果を発揮した可能性に言及しているが、スケジュール等が合わずどちらも確認できなったこと、とりわけ肝心の泉氏に会えなかったことが、私が田村氏陣営の実力を見誤ることにつながったのであろう。

 このように現地にまで見物に行きながら予想を派手に外した私にとって、この選挙は反省点の多いものとなってしまった。

議会にて意味不明な答弁をする田村市長
(※出典

 さて、「病院再編計画の白紙撤回」を掲げ、めでたく市長となった田村氏であるが、現在その計画への対応が激しく批判されているようである
 彼は9月に行われた三田市議会一般質問にて、

「公約に掲げた白紙撤回は、情報公開をしっかりして市民の声を聞いて納得を得る。これは市民に対しての私の約束なんです」
「辞書では…辞書では白紙撤回という、辞書と公約、法的根拠含めて、私は理解は多少というか大きく違っていると思います」

という意味不明な答弁をしており、また市民との意見交換会においては歯切れの悪い発言を連発しながらも「公約は撤回していない」と言い張ったようである。そのため再編反対の市民は怒りの声を上げ、賛成派からも十分な説明を求める声が出たという(8) 。

 確かに田村氏を再編反対派と信じた市民からすれば、彼が自分達を裏切ったと感じることはもっともである。
 しかし実のところ、田村氏が公約を撤回した事実はない。前述の通り彼は選挙期間中、確かに「計画の白紙撤回」とは言うものの、一方で対応は市民の声を聞いた上で決めるとも主張しており、病院の再編そのものに反対するとは一言も言っていないのである
 「白紙撤回」という言葉を用いてあたかも自分が完全な反対派であるかのように見せた田村氏の戦略も褒められたものではないが、その言葉だけを聞いて彼が再編を取りやめるものと信じた市民については、「投票する候補者の吟味ができていなかった」と言わざるを得ない。

 私としては、病院再編計画については市民の最大多数が納得できる結果に終わることを期待する。一方で三田市民を含む有権者に対しては、今回の経験を踏まえ、選挙の際は候補者の発した単語だけで判断するのではなく、きちんと詳細な政策を聞いた上で投票先を選ぶよう、強く求める次第である。


※註

(1) 病院再編計画について、詳しくは毎日新聞 2023年7月15日 地方版 「三田市長選/三田市議補選 あす告示 市長選、4氏出馬へ /兵庫」https://mainichi.jp/articles/20230715/ddl/k28/010/208000c

(2) 毎日新聞、前掲記事。

(3) たみけん 2019年2月12日 「兵庫維新除名組が対談してみた」
https://www.youtube.com/watch?v=s8rfOYI2dJo

(4) 選挙ドットコム 「三田市議会議員選挙 - 2020年10月04日投票」
https://go2senkyo.com/local/senkyo/19870

(5) たみけん 2023年7月16日 「三田市長選挙」
https://www.youtube.com/watch?v=jLP5ZLqwEpI

(6) たみけん 前掲動画

(7) たみけん 2023年7月21日 「三田市長選挙終盤」https://www.youtube.com/watch?v=SgVS1QLuF-g&t=1s

(8) MBSニュース 2023年10月23日 「市民「撤回を撤回するなら選挙やり直してください」市民病院の再編統合めぐり『白紙撤回』を公約に掲げた市長...その後の”弁明”に再編反対派が怒り 賛成派からも「多くの市民が納得できる説明を」の声」
https://www.mbs.jp/news/feature/kansai/article/2023/10/097282.shtml

※URLは全て2023年11月4日確認。

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