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写怪のアルキカタ 1枚目

ストリートスナップ。お写ん歩。
言い方、定義は色々あるが、カメラを手にした人なら必ず一度は触れるジャンルであろう。
路地裏に微睡む猫、古びた一軒家の軒先、何でもない夕暮れの街並み。
そう言うものたちがドラマチックなワンシーンに見えてくる。写真というものの基礎にして、記録文化の原点とも言えるのではないだろうか。
しかし、気をつけて頂きたい。あなたが感銘を受ける景色のふとした暗がりにも、それらはひそんでいるのだから。

❶猫

大学生Iさんは夏休みのバイトで貯めたお金で念願の一眼レフを購入した。初めての高い買い物、入門機ではあったものの、毎日磨いて大切にしていた。
ある休日の昼下がり、Iさんは一眼レフを手にストリートスナップへと出かけた。普段何気なく登校している道や路傍の花、そんな何処にでもある風景が特別に見えてくる。彼は夢中になってシャッターを切った。

ふとファインダーから目を上げると住宅と住宅の間に細く小さな道がある事に気付いた。

「こんな所に小道があるなんて」

少し覗いた感じでは、どこかに通じていそうな雰囲気がある。Iさんは冒険心をくすぐられ、その道に入った。
少し行くと室外機の上に野良猫が座っている。
Iさんはその猫に向かってシャッターを切った。

カシャ、カシャ。

何枚か切っても猫は煩わしそうな顔をするものの逃げる様子はない。人馴れしているんだろう、そんな事を考えながら彼はその猫の前を通りさらに奥へと進もうとした。

「戻れ」

後ろから声をかけられた。突然の事に、近隣の住民に怒られたと思い。「すいません、すぐ戻ります」と振り向くと、先程の猫が後ろ足で立ち上がり、まるで人間のような立ち姿をして、道に降りている。

「戻れ」

確かに喋った。低い男の声。Iさんがあまりの事に返事出来ずにいると、

「来い」

猫はそのままIさんが元来た道を歩きだした。
Iさんはその猫の言うがままに後ろをついていく。1分と経たず、小道の入り口付近が見えてきた。

「行け」

猫が言った。彼は猫に軽く会釈してその横を通り過ぎ、元の道に戻ったという。

今でもたまに、あの猫の言葉を無視して奥に進んでいたらどうなっていたのだろうと考えるそうだ。

❷ついてくる

Aさんはウォーキングのついでにスナップを撮るのが休日の日課になっている。

その日は自分でも気にいる写真が多く撮れて、嬉しくてどんどん歩いていく間に、日がもうかなり傾いている事に気がついた。

「しまった。ここから家までは結構かかるのに」

女性の一人歩きだ。ただでさえ物騒な世の中なのに、ここは田舎。イノシシなんかに出くわして襲われる危険もある。Aさんは急いで来た道を引き返す事にした。

ジャッ、ジャッ、ジャッ。

夕暮れ時の田舎道にはすでに人影はなく、自分の歩く音だけが耳に残る。
と、前から一台の軽トラックが向かってくる。Aさんが端に避けるとその車はスピードを上げて通り過ぎた。

車のライトに照らされて壁沿いにAさんの影が伸びる。

そこにはAさんの影に寄り添うようにもう一つの影があった。頭が異様に大きい、何者かの人影。

思わず振り返るが、そこには誰もいない。

Aさんは悪寒を感じ、より一層早足で自宅へ向かう。

ジャッ、ジジャッ、ジジャッ。

足音が被って聞こえるような気がする。

--なにか、ついてきている。

結局それは家の近所まで続いた。

以来、Aさんはウォーキングを辞めてしまったそうだ。

❸腕

定年を迎えたDさんは兼ねてからの趣味であった写真を本格的に始めた。

その日は近所の神社で縁日がある。暗闇に浮かぶ提灯なんかを取ると幻想的だろうと考え、孫を連れて神社へと向かった。

5分も歩けば神社の提灯あかりが見えてくる。孫には千円ほど握らせて、Dさんはしばし、幻想的な神社の風景を写真に撮る事にした。

何枚かシャッターを切って、神社の鳥居にシャッターを向けた。提灯の灯りに照らされてぼんやりと輪郭が浮かび上がる。我ながら良いモチーフだと悦に入っていると鳥居の柱から白く細い何かがひょいと飛び出た。

それはか細い子供の腕のようである。ひらひらとこちらに手を振るように揺れ動いている。Dさんは孫がふざけていると思い、「おじいちゃん鳥居が撮りたいから、ちょっとその手を引っ込めてくれないか」と、言いながらファインダーから顔を上げた。

鳥居の柱にそんな腕はどこにもない。

はてと首を傾げていると後ろから、「おじいちゃん誰と喋ってるのー」と孫が両手いっぱいにたこ焼きやらフランクフルトを抱えて歩いて来たという。

「その時は気づかなかったんだけど、僕は鳥居の上の方を構図で狙ったんだよ。鳥居に登ってイタズラするような子どもなんて他の人がすぐに注意するだろうし……。僕は縁日の賑わいに紛れて何か見ちゃったのかもしれないなぁ」

Dさんはそう言って煙草に火をつけた。


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