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【一日一捨】 黒歴史

久しぶりに実家に帰る。実家にはもう僕の部屋はない。僕の私物も置いてない。物理的に捨てるものはない。そのかわり、いろいろなことを思い出す。

実家のある駅は、新しくエスカレーターができたりしたけど、改札を出てバスターミナルに向かう殺風景な階段は小学生の頃から変わらない。この階段を降りるとき、昨日のことのように思い出す光景がある。

小学6年生のとき、同じ班の男女5人と電車で30分ほどの場所にある大きな公園に遊びに行った。その中のひとりの女子に僕は片思いをしていた。グループでとはいえ好きな女子と初めて学校以外に遊びに出かけるということで、僕のテンションはどうかしていた。今もそのとき撮った写真が色あせたままとってある。これは捨てられない。今、見ると「そんなに可愛いかな?」とも思うけど、当時の僕は彼女の持つ雰囲気や、頭の良いところ、ちょっと気の強いところ、そういったもの全部含めて好きだったのだ。

5人で遊んだ公園からの帰り、僕は駅の売店で週刊少年チャンピオンを買った。僕はジャンプ派ではなく、チャンピオン派だった。クラスでは明らかに少数派だ。5人で行ったとはいえ、好きな女子も一緒に遊びに行った帰りに、漫画雑誌、しかもジャンプではなくチャンピオンを買うというのはどうなんだと思うけど、まあ、そういう子供だった。
帰りの電車の中で僕は毎週楽しみに読んでる連載漫画を読む。そこはおまえ漫画なんて読んでる場合じゃないだろ。彼女と会話しろよ。と、今では思うけど、当時の僕は彼女に「何、読んでるの?」と話しかけて欲しかったのだ。

たぶん彼女はそんなに興味はなかっただろうけど、それでも電車の中で漫画雑誌を読む僕の隣に座って、覗きこんで何か言ったりしてくれた。どんな話をしたのかはテンパリ過ぎてまるで憶えてないけど、嬉しさはマックスだった。やがて電車は家の最寄り駅に着く。
みんなで改札を出て、殺風景な階段を降りながら、嬉し過ぎてテンションがおかしくなっていた僕は、手にした少年チャンピオンを高く掲げ、「僕、もう読んだ! 誰かいる人〜!」と声を上げた。彼女にもらって欲しかったのだ。だけどさすがに彼女も「欲しい!」なんて言ってはくれず、それどころか一緒にいた誰も欲しがらずにスルーされ、僕はそのまま少年チャンピオンを掲げた手をそっと下ろし、みんなと別れてひとり家まで帰った思い出はしかしなんとしても捨ててしまいたい。

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