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『仏蘭西料理と私』~No83 学び~【龍圡軒 四代目店主 岡野利男シェフ】

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何故か、人に教えるのは、あまり好きではありません。ましてや、教えを説くなどというのは想像もつかない。先生というのは本当に大変な仕事で、よく先生という職に就こうと思う人がいるものだ、というのが正直な感想です。
学校の教育は、詰まるところ、暗記能力か、答え当てのゲームのようなものになってしまっていて、正しい答えのあることしか教えなくなってしまっています。言葉では「考える教育」などと言ってはみても、正しい答えの導き方を考えさせるだけのこと。
産業革命以降の大量生産に従事する人間を育成するために発達した教育が、現在の教育だという話に、思わず頷いてしまいます。
私は学校で受験勉強らしいことはした記憶がなく、好きなことだけをしていたように思います。けれど、学ぶことは大好きで、色んな本を読んだり、調べたり、考えたりするのは本当に楽しくて、今でも、私の一番の趣味だと言って良いと思います。
これが陸上自衛隊を辞めてから、OBのいない、まったく畑の違う職を希望して銀行で仕事をし、今また、誰も取り組んだことがない仕事をしている理由でもあります。 きっと、変わり者なのでしょう。(A.Y)

前回の続きです。

龍圡軒のお客様で意外に多いのが学校の先生です。それも小学校から大学まで。男女共学、男子校、女子校、元アメリカンスクールの先生と、非常に幅広く、若い先生から校長先生までおられます。私にとって、未知で、大変興味のある分野です。

私も2度ほど、フランス料理の講師として教壇に立ったことがあります。それと二輪車安全運転の講師としてかなりの数、教壇に立ってはいますが、いわゆる学校については何も知りません。私たち夫婦には子供がいないので、お客様のお子さんからお話しを聞くぐらいが私の知識です。

事実をお話しします。

一番びっくりしたのは、ある高等学校の先生が。今、自分で書いていて驚いています。それは、いつも高校と云っていたのですが、高等教育なのです。すると中学は中等教育?たしか暁星でも中等部と云っていたような気が。じゃあ小学校では小等?でもこれは日本語としておかしいと思い、調べてみました。それは初等教育のなかに小学校、そして12~15歳の中等教育の中学校が入っているようです。

では、大学は?と調べてみると、大学も高等教育機関の一部門で、そのなかは国立大学法人等、公立大学、私立大学、短期大学、専門職大学、専門職短期大学、専門職学科、専修学校、各種学校教育の振興、高等専門学校(高専)となっていました。

日本人で日本にいて、たとえ子供がいないと云っても、我ながらあまりにも恥ずかしい話でした。それを棚に上げて云うわけではないですが、日本に約40年前に帰って来て、本当に疑問に思った日本の教育について、書かせて下さい。

第一に、何で学校の他に塾に通うの?です。本当にびっくりしました。

日本に帰ってきて、夜9時頃に、小学校3年生ぐらいの子が塾から家への帰り道なのでしょう。鞄を提げて店の前を通っていたので、声をかけたのです。フランスでは、その時間帯に9~10歳くらいの子供が1人で歩いているなんてあり得ない光景で、だから声をかけたのです。「どうしたの?」。

すると、満面の笑みで「こんばんは、塾の帰り」と。私は、塾はどうでも良く、安全面の方が気になって「気をつけてお帰り」と。すると子供が「ありがとう、おじさん」でした。そのときに感じたのは、29歳で、おい、おじさんかよ、でした。もう安全の話よりもそちらの方へ関心が移っていました。

その後、日本に慣れるにしたがって、自動販売機があるように、安全は分かりました。しかし、何で塾?フランスにはない。自分なりに考えました。それは現在通っている学校の授業では足りないから。それは本人、もしくは両親や家族が、そして世間の風潮が、現在の学校に満足していないからではないかと思います。

暁星の同級生に帽子屋がいました。奥山君と云います。彼のところは、警視庁や自衛隊の官帽子を作っていました。今から37~8年前の話になりますが、ときどき遊びがてら食事に来てくれながら愚痴をもらしに来ていました。

「岡野さ~。これから先どうなるんだろ~」

「何で、何で?」

「あのさ~。職人が育たないんだよ。育つと云うよりも、なり手が居ない。うちの若い職人さんだって60歳台だぜ。あと何年続けられるかな~。お前のところはどうだい?でもお前が作れるから良いけど」

「そうか」

「で、数年前から趣味で、塾を女房とやっているんだ」

「え、何でまた塾を?」

「それはさ、成長していくのを見るのは楽しいぞ。ただこの頃、女の子は良いんだけど男の子がなあ~」

「男の子がどうした?」

「何て云うか、男の子に、何でうちの塾にきたの、と聞くだろ」

「何と?」

「答えは、ほとんどの子が、良い中学に入りたいって」

「いいじゃん」

「でもな。良い中学校に入ってどうする」

「それで?」

「良い高校に入って、良い大学に行きたいそうだ」

「そうか。それで?」

「じゃあ、良い大学に入ってどうしたんだと、聞くだろ。すると良い会社に入りたいとさ。夢が良い会社か、って。でも女の子は違う。具体的な目標があって、看護婦とか、小学校の先生とかな」という話が37~8年前で、彼は惜しくも若くして亡くなりました。

日本は江戸時代から私塾の文化があるのはよく分かりますが、前の回の自動車教習学校の件と同じで、日本の政府、文部科学省は、この事実を社会から突きつけられて、もう何十年も経つのに、何の手当てもしてこなかった。 今度の大学入試から変化があるようですが、それでは無いと思います。何か根本的に問題があるのではないかと、次回はその話をします。

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