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『仏蘭西料理と私』~No85 仕事の楽しみ~【龍圡軒 四代目店主 岡野利男シェフ】

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子供の頃、何かの小説だったと思うのですが、「人は職業を通じて、社会とのつながりが生まれ、そのなかで価値観が形成されるのだ」というような会話に目が留まり、それ以来、非常に強く印象に残っています。
一日仕事をする時間は、普通8時間。通勤時間を入れると10時間。家に帰っても仕事のことを考えていたりしますから、1日24時間のうち半分くらいは仕事に費やしていることになります。
その仕事が楽しみであればどれだけ幸せなことか。逆に、苦痛や不満を感じる職場だったとすれば、それはどれだけ不幸なことか。
私は、部下やゆうちょ銀行の管理職の研修でいつも言っていました。
「管理者は、部下の仕事の時間を握っている。ということは、あなたたちは、部下の人生の、最も大事な価値のある時間の半分を握っていることになる。職場に行きたい、仕事をしたい、仲間に会いたい、そう思うような職場にして欲しい。そういう職場で良い仕事ができないはずがない。もし、仕事に行きたくない、仲間の顔を見たくない、苦痛だというのであれば、それがどれだけ不幸なことか。考えてもらいたい。あなたたちは、部下の幸せを握っている」。
岡野さんのエッセーからは、家族のような本当に温かい職場の雰囲気が伝わってきます。(A.Y)

先週、と云っても、皆さまには今日が分からなければ、先週と云っても分からないと思います。今日は、令和3年3月5日(金)です。

突然、電話をいただき、何十年ぶりのお名前が出てきました。

そのお方のお名前は、Monsieur Jean Milletムシュ・ジャン・ミエで、電話の内容は「実は私は一般社団法人日本洋菓子協会連合会のGATEAUXという業界誌の者なのですが、ムシュ・ミエがお亡くなりになり、GATEAUXの誌面で会員の皆さまにご報告するに当たって、会員の皆さまにお話しを聞き、記事にしようとしましたら、皆さんが、龍圡軒の岡野さんが一番よく存じ上げているからということで、お電話いたしました。お話しをお聞かせいただけませんか?」ということでした。

ご紹介者の方も存じ上げている方なので、お請けしました。

私の存じ上げているムシュ・ミエとは、私の師匠ムシュ・ジャン・ドゥラベーヌのご友人で、師匠は最初菓子職人でした。

1952年に、私が生まれた年、菓子のMOF Meilleur Ouvrier de Franceメイユール・ウヴリエ・ドゥ・フランス フランス最優秀職人を取った人で、ムシュ・ミエもパリのお菓子屋さんです。ときどき店に遊びに来られ、私が仔羊のGigot(ジゴ 骨付き肉)をおろしていると「Toshio、私は昔Charcuterie(シャキュトゥリィー 豚肉の加工お惣菜屋さん)にいたんだ。かしてみな」と云って、どこに包丁を入れるかを教えてくれました。

そして、1971年の夏のバカンスで、地中海のLavandau(ラバンドゥ フランスで一番季候が良いと云われているところ。皆さんご存じのサントロッペから30kmくらいの海辺)に連れて行ってもらったときに、ムシュ・ミエも奥様とお嬢さんカロリィーヌ17歳と息子さんフィリップ15歳の4人家族で、ここに来ておられました。

今考えると、店に来られたのは、このための打ち合わせだったようです。

お昼もムシュ・ミエ一家とご一緒に作った記憶が新しいです。

それは町の市場で手長エビ、フランス語でLangeustineラングスティーヌが美味しそうだと云うことで、Scampi fritスカンピ・フリを作ることになりました。

日本的に云えば、手長エビの天ぷらです。違いは衣です。日本では小麦粉に水で作りますが、フランスでは小麦粉にビールを入れ、少し寝かし、泡立てた卵白を切るように混ぜて使います。

バカンス用のマンションを1ヶ月借りているので、調理器具がありませんでした。もちろん、ホイッパーなどがあるわけがないので、ガラスのサラダボールに卵白を入れて、ホーク2本で立てたのです。私、私の師匠、ムシュ・ミエの3人で順番に疲れたならば次の人で、立ち上げました。

かなり時間と労力がかかったことで、このときに卵白の立て方を教わりました。

それは腕を立てるのではなく、手首を回して立てることです。脇と肘の間に付近を挟んで落とさずに手首を回して立てるのです。初めてのことなので最初はぎこちないのですが、この方法が一番早く身体に覚えやすいです。腕で回すときは、肩を支点に回しています。手首が支点にすると使う筋肉が少なく、エネルギーも少なくて済むから疲れにくい、と教わりました。なるほど。

これが私の知っているムシュ・ミエです。

そして一昨日の3月3日に記事を取りに来られました。以上のことをお話ししましたときに、「ムシュ・ミエはフランス菓子を現代風に大改革をなさった方で、大変厳しい方だと話が他の方々から、そう複数の方々から出ていますが?」との話がありました。

そのとき、厳しいと云っておられた方々の方がおかしいと話しました。

それは、前々回書いた中1から高3の英語の論法と同じではないかと思います。

そう、今思い出しました。

あのGigot仔羊のモモ肉のときに、同僚のドミニックが卵白を立ててチョコレートムースを作っていました。そのときにムシュ・ミエが皆に「どうして卵白が泡立つか、知っているか?」と質問なされました。

私たちは17~9歳で分からずに「泡を立てているから」ぐらいの答えしか持っていませんでした。

「静電気によって泡立っているんだよ。だから卵白用のホイッパーの柄は木で出来ているだろ。絶縁するために」と教えていただきました。

話を元に戻します。

私は一緒に仕事をしたことはないのですが、厳しいのは当たり前。どこの職人の世界で、今日は80%でいいや、があると思いますか?

私が見習いのときのチーフ、ジャン・ミッシェルは大変厳しく、また何かにつけてもうるさかったです。ものを置くところも1cmもずれていると非常に怒られました。そのときは、何でこんなことでと思いましたが、その後はその大事さが身に滲みています。今日完璧に仕事をしても、翌日にはそれが90%になっていた毎日でした。

そのおかげで、日々上達していったのです。

あのうるさいジャン・ミッシェルのおかげで仕事が出来るようになり、その仕事ぶりを見て、部下は素直に云うことを聞くわけです。

逆に、私は聞きたい。私は真剣に仕事する。こんな楽しいことを他の人に譲る気はないのですが、あなたは?フランスで仕事させていただいた方々は、皆、生き方は違いますが、皆さん真剣に仕事なさっておられました。

だから仕事以外でも遊べるのです。

師匠は54歳過ぎて、9mの外洋用のヨットを買い、遊んでおられました。

今これをかいていて、色々思い出しました。

次回はその話をします。

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