接客業の人に言いたい「この場合騒ぐな」
この場合恥ずかしいというのがある。
銭湯で裸になることに抵抗はないが、道端で裸になるのは少々ためらう。
一周回って逆にありと思っても、一周回る時間はかかる。
「情報ソースは本から」
と過去ここでもよく述べるが、僕はよく図書館へ行く。
目当ての本がある場合は、図書館に設置されたパソコンで在庫検索をかける。
そこで、棚の位置を表示してくれる紙をプリントアウトして探しにいく。
しかし、その棚に行ってもない。
あれ?
図書館の職員に、プリントを見せてこう訪ねた。
「これって、ここの図書館じゃないんですかね…?」
「ああ、これはうちじゃなくて、あっちの図書館ですね。えーっと…」
市内にはいくつかの図書館がある。
よく見ると、別の図書館の在庫であった。
後で何回もGoogle Mapで調べてみたが、稀にGoogle Mapも間違うことがある。
住所検索すればほぼ間違わないが、名前検索だと間違うことがある。
いつの間にか我々は、人間よりもGoogleを信じてしまう生き物になってしまった。
「こちらの図書館ですね」
妙齢の男性はそう言って地図をくれた。そこには住所が記載されていたので、これならさすがにGoogleも間違えない。
「わかりました」
と言って立ち去ろうとしたとき、事件は起きた。
横で見ていた妙齢のおばさまが近寄ってきて、
「これ、向こうに在庫がないかもしれないので、電話して確認してみますね。用紙よろしいですか」
「え、あ…」
現時点で在庫ありってのがわかれば十分なのに。
そこまで騒ぎ立ててほしくないという場合がある。
この本のタイトルがとても恥ずかしいタイトルだった場合だ。
著者の名誉を守るため名称は伏せるが、そうだな、例えば、昭和の小学生ギャグ「ち○ち○ブラブラソーセージ」というタイトルだったと仮にしよう。
いや、もう少し現実味を持たせるために、「ち○ち○ブラブラソーセージとはなんだったのか」という、昭和史を振り返る本だったとしよう。
「えーっと、ち○ち○ブラブラソーセージですね、お名前いいですか?」
「さ、鷺谷です」
「鷺谷様ですね。ち○ち○ブラブラの鷺谷さまと…少々お待ちを」
と言ってそのバ…おばさまは、僕の手から在庫検索の用紙を奪って、奥の部屋へ消えた。
待ってる間、こう想像する。
「あっ、お疲れ様ー、久しぶり。そっちどう?」
「いやー暇だよ〜そっちは?」
「似たようなものね。うふふ。あ、でね、お取り置きなんだけど」
「ああ、はいはい」
「ち○ち○ブラブラソーセージっていうやつなんだけどね、番号が…」
「はいはい…あー、あったよ」
「じゃあ、それ取り置きで。鷺谷さんってかた」
「ち○ち○ブラブラソーセージ、鷺谷さん、と。了解ー」
こんなやり取りをしているに違いない。
だいたい、その図書館は家のすぐ近くなんだよ。そこまで細かい在庫確認とか取り置きとかいいんだと。そして、ち○ち○ブラブラの鷺谷を何回も出すな。
「ちんブラの鷺谷さまー」
略したな?お前今略したろ。
「あっ!ちんブラの鷺谷さん、ここでしたか」
ちんブラは俺が探してた本であって、俺はちんブラじゃないんだから、俺とイコールにするな。そして略すな。
「ちんブラさん、在庫ありましたよ!良かったですね!」
もうちんブラさんになってる。もはやイコールとかの問題でさえない。俺がそれかよ。
「取り置きしておいてもらいましたから!(私ってできる女)」
まだ続くのかこの地獄。
それになんだ今の、やってやりましたよ的な最後の表情。
このあとどんな気持ちで車を走らせればいいんだ。
どうせ向こうの図書館行って、入った瞬間
「きたきた。あいつだよ多分。ちんブラって顔してるもん」
とか思われるんだろ。
「そうだよ、俺がちんブラの鷺谷だ。早く出せ。本当にちんブラするぞこのやろう」
と開き直りの時間を車で整えないといけなくなったんだ。あんたのせいで。
「そうですか。わざわざありがとうございます」
と、渡された用紙を受け取るやいなや破り割いて目の前で食べてやろうかとも思ったが笑顔でその場を去った。
「お気をつけてー!」
という元気な声が聞こえるか聞こえないかで自動ドアが開き、冬の冷たい雨に打たれながら、小走りで車へ向かった。
さあ、ここから地獄だ。
向こうには最低でも一人、ちんブラ鷺谷を待つ者がいる。
こんなに行きたくない目的地もそうない。
憂鬱な気分で10分ほど車を走らせ、その図書館の駐車場に停める。
平日の昼前。静まり返っていた。ここは本当に人がいなそうだ。
こんな中あの本を取りに行くのか。
最悪フラグがビンビンに立っている。ち○ち○ビンビンソーセージだ。
中に入ると、受付で立っている職員らしき男が、こちらへ向かって小さく会釈した。
「こんにちわ(こいつだ。ちんブラ野郎は)」
と思ったろ今。
時間逆算すれば、あっちの図書館からこっちへ来るの今くらいだもんな。
その目線があまりにも痛かったので、とりあえずスルーして中を周る。
しかし、その図書館はとにかく狭い。人っ子一人おらず、最悪の状況。
あいつだ、ちんブラ鷺谷はあいつに違いないと、太古の昔、狩りの名手が鹿を狙うかのように、受付のやつが俺から目をそらさない。
だいたい、誰もいない図書館の受付でわざわざ立ってる必要あるのか。座ってなんか作業でもしてろよ。なにを監視してる。
さすがに観念して受付に行った。鹿が自ら銃口へ向かうかのように。
「すいません、さっき電話で…」
「あーはいはい(ちんブラ鷺谷ね)」
と言って後ろに丁寧に(ちんブラ鷺谷さま)とA4用紙にメモされくるまれたその本は、ついに僕の眼前にその姿を現した。
「図書カードよろしいですか」
と言われたので財布から図書カードを手渡そうとすると、
「あの、こちらに」
と、下のトレイを指さされた。
ちんブラの手に触れたくないのかこのやろうと脳裏を過ったその刹那、コロナ対策につきトレイでのやり取りをさせて頂いておりますとの小さな注意書きが目に入った。
人の被害妄想は恐ろしい。
そもそも、昨今図書館は自動だ。
カードをバーコードにかざして、本をドスンと置くだけで勝手に全部読み取られ、貸し出し用紙が出てくるハイテクっぷり。税金万歳。
本来であれば静かに、ただ静かにつつましくサッと借りれていたところが、ちんブラ鷺谷という珍事件が起きたのも、あのバ、おばさまの親切心からだ。
もっと言えば、Googleが間違えやがったからだ。
む、そうすると、Googleを信じ切った自分に否が返ってくる。
その本を借り、外に出ると、雨は収まる気配もなく降り続いていた。
今年一番の寒さと言われる冬の昼前。
静まり返った駐車場を、雨が優しくアスファルトをなでる中、ちんブラ鷺谷は車へ戻っていった。
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