見出し画像

実話怪談 第二十五話 「部屋に満ちる」


動画で朗読もしております。
怪談や言葉で登録者1000人目指しておりますのでチャンネル登録よろしくお願いいたします。

あるとき羽柴さんは友人で風俗嬢の谷口さんからこんな連絡を受けた。「うちの寮『出るから』一回来て見にきてくれない?」谷口さんは四国に出稼ぎに出ており、住んでいる寮に霊が出るのだと言う。

風俗嬢の出稼ぎで寮に住むというとあまり馴染みがないかもしれないが、大きな会社が母体にある風俗店ではマンションやアパートを借り上げてそこに出稼ぎの従業員を住まわせるということがよくあるそうだ。
彼女は会社が寮として借り上げたマンションに住んでおり、一度羽柴さんにその部屋を見に来て欲しいとのことだった。

羽柴さん自身は特に除霊ができるわけではない。
ただ単に新天地で相談できる相手がいないので気心の知れた羽柴さんに白羽の矢が立ったというわけだ。
そういうことならばと羽柴さんも旅行気分で快諾して現地に向かった。
谷口さんの住む部屋は勤めている風俗店のすぐ側にあった。
公休日ということで彼女の部屋に泊まるために酒やつまみを買って近くのコンビニで待ち合わせをして訪問した。
部屋は1Kで入ってすぐに簡易的なキッチンがある。
風呂とトイレが別のセパレートタイプで八畳一間の部屋にロフトがあり下はクローゼットというどこにでもあるような部屋だった。
家賃は寮の利用料でということで一万円とのこと、条件もそれほど悪くはない。
「きれいでいい部屋じゃない。こんな部屋に何か出るの?」
聞けば築年数も十年程度で浅く、とりたてて事件や自死があったというわけではないらしい。
そんな部屋に何があるのかと聞くと、
「まあ下のスペースにね、出るんだよ。どう説明していいかわからないから、とにかく実際に見てみてよ」とだけいう。

たしかに部屋は広いにも関わらず小さな座卓と座布団以外は仕事で使う衣装などが入った段ボールが無造作に積まれている。
ためしにロフトを昇って確認すると布団にテレビや化粧用の鏡台など、生活用品の全てをロフトの上に上げてそこで生活しているようだった。
あまりに異様な生活スタイルだったので、なぜこんな状態なのかまた聞いてみが、

「だから夜になったらわかるから」

と言うだけで谷口さんは羽柴さんが持ってきた缶ビールを開けて飲みはじめた。
夜も更けていきお互いに酒も入り、今まで当たった変な客の話などを聞きいていたら時間が過ぎていた。
そして0時を回る頃にそろそろ寝ようかと二人でロフトへと上がった。
それからも話に花が咲き、確認すると時刻は2時を回っていた。
そんな中谷口さんが何かに気づいたように話を止める。

「……待って、今いる。来てる」

羽柴さんが起き上がってロフトを見回したが何もいない。

「気のせいだよ、どこにいるの?」
「違う違うだからロフトの下」

と言われて恐る恐るロフトの下を覗くとそこには異様な光景が広がっていた。

ロフトの下が薄ぼんやりと光る何かで満ちているのだ。

それはまるで部屋全体に光る水が溜まってプールのようになっている状態だ。
そしてその水面がゆらゆらとゆっくり揺らめいている。
「えっ?何これ……?」
「これだよ出るの、夜になるとこうやって部屋いっぱいに来るの」
「来るって?水が部屋にいっぱいあるだけじゃない」
「水?違う違う。よく見て」
羽柴さんはそう言われて部屋に満たされている水を目を凝らして見た。
暗闇にも慣れたのですぐに何なのかわかったがその瞬間に羽柴さんは戦慄した。

それは部屋を満たす水などではなく何十人もの透き通ったぼんやりと光る人影だった。

それが部屋いっぱいに寿司詰めになってロフトを見上げているのだった。
水のように波打って見えたのはその人の群れが溶け合い左右にゆっくりと揺れていたからだった。
透き通った人々は目も鼻も無かったが口だけを大きく開けてゆらゆらと揺れながらロフトを見上げているのがわかったという。
それで谷口さんがロフトの上で生活している意味がようやくわかった。
羽柴さんは黙って谷口さん隣に横になった。

「ね、出るでしょ?気持ち悪いんだけどどうしたらいいかな?」

羽柴さんには特に下にいる者たちが害をなすものなのかはわからない。
ただ得体の知れない存在であることだけはわかった。
「ただいるだけみたいだけど、他の寮の空き部屋があってこの部屋が嫌なら移った方がいいかもね」とだけ言っておいたそうだ。

後日谷口さんはそこの2件隣にある築数年の浅い綺麗なアパートに引っ越したらしい。
会社の本部も「ああそういいよ。手配するから」と二つ返事で了承したという。
ただしそのアパートは壁が薄く、隣の部屋の同僚が男を毎晩連れ込んでうるさかったそうで、それはそれで悩んだようだった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?