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ぼくだよ。

ある年の、6月のある日、バスに乗りました。

途中、保育士さんに引率されて子どもたちがたくさん乗ってきました。前も横も後ろも賑やかな小さい人たちに囲まれて、私も一緒に引率されている気分。

少しすると、後ろから、私の首にフゥーッと息を吹きかけた子がいました。振り返ると、子どもたちは誰一人こちらを見ず、ただ楽しそうにバスに揺られているのです。

でもまた少しすると、またフゥーッと誰かが息を吹きかけたのです。戸惑いながらもまた振り返ると、後ろのいちばん近くに座っていた男の子が穏やかに、

「ぼくだよ。」

笑うでもなく照れるでもなく、本当に穏やかにただそう言って、なにごともなかったように外を見て、バスに揺られていました。

ただそれだけです。

けれど、彼がふいに私に自分の存在を見せてみたことで、翻って、私自身が今ここにはっきりと存在しているということを強く知らせられたような気がしました。その日は朝から時間通りに予定が進まない一日でしたが、このひとことを聞くために、一日が回っていたのではないかと思えるほどの幸福を味わってしまいました。


ぼくだよ。



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