【僕が病院で気づいたこと】地下2階の放射線治療室の廊下は、地獄へと続く・・・
「では、このまま20分間ほど動かないでくださいね」
えっ? 20分間も・・・
僕は、真っ白な天井をじっと見つめながら放射線技師の説明を聞いていた。処置室の部屋は、空調が効いていて寒いくらいだ。下着は、パンツ一枚だ。下着の他は、薄いブルーの処置着である。
ちよっと肌寒いくらの室温だ。ベッドの横には、医療機器がピーッ、ピーッと定期的に電子音を立てている。この電子音と肌寒さが余計に不安を大きくする。
これから中咽頭癌の放射線治療を受けるために、頭から胸までを固定するプラスチックのお面(シェルと呼ぶ)を作っている。このお面は、写真のような形をしている。ちょうど剣道のお面にも似ているようだ。
放射線治療の時間は、1回20分程度だ。痛みは無い。週5回、合計35回程度を、約7週間かけて行われる。
ただこのお面を被せられて、マウスピースを咥えて不安と闘いながら放射線治療に絶えなければならない。痛みは無いが、この無言の時間がたまらなく不安なのだ。お面作りは、加熱された真っ白なプラスチック素材を頭から胸まで被せられる。臭いは、ほぼ無い。そして、ほんのりと暖かい。口には、マウスピースも入れられる。ただお面の圧迫感がものすごくある。頭も胸も全く動かせない。さらに口いっぱいにマウスピースが入れられているので、動かせるのは目だけだ。
圧迫感をたとえるなら3Kg程のノートパソコンを顔と胸に乗せられたような重さだ。この圧迫感のままで20分間も絶えなければならないのか・・・
きついな・・・
何か楽しいこと考えなきゃと思っても、不安が先に浮かぶ。僕は、どうなるのだろう?このまま意識がなくなりそうだ。やめてくれと声に出したい。
どうすればいいの? 何だか体が震えてくる。
もう5分過ぎた? 何分くらい経ったかな? もう時間の感覚がなくなっている。医療機器のピーッ、ピーッという電子音を止めてよ!
ただひたすらこんな事を思っていて不安と戦っていた。
ガチャッと処置室のドアが開く。「良かった、やっと終わったか」と思ったら、技師はベッドの周りをチェックするだけで、一向に終わりの合図を出してくれない。お面の表面に触れながら「大島さん、あと5分くらい我慢できますか? もう少し固くする必要があります」そう言われても「出来ません」とは言えないし、口も動かせない。しょうがないので右手の親指と人差し指でOKのサインを合図した。
暫くして、ドアがガチャッとして技師は処置室を出て行った。僕は、もう何を考える気も無くてひたすら時が過ぎるのを待った。ウトウトと睡魔も襲ってくる頃に再度ガチャッとドアが開いた。
何だか意識朦朧とする中で「大島さん、お疲れ様でした。終わりましたよ」という言葉がやっと聞き取れた。
ベッドにビス留めされたお面が外され、「口をそ〜と開けてください」と言われて、マウスピースが外される。緊張していたので呼吸もままならない。ふう〜っと深呼吸をひとつ。
ベッドがゆっくりと低くなった。「大島さん、ゆっくり起きてください。大丈夫ですか?」と声をかけてくれる。僕は、見栄を張って「大丈夫です」とやっと言う。技師の手を借りながら、やっとベッドから起きてスリッパを履いて、出口のドアに向かう。
人生で一番長かった20分間だ。いや25分間だ。
何とか着替えを終えて、地下2階の処置室の廊下に出た。放射線の機器は、地下に設置されている。この病院は、地下2階だ。ちょっと不気味・・・
僕は、これからどうなるのだろうと不安な気持ちでトボトボと地下2階の廊下歩く。向こうから点滴の機械をガラガラ引っ張りながら放射線治療室に入っていく患者さんとすれ違った。
その患者さんは、同じくらいの歳の男性で、点滴の機械にすがるようにやっと歩いている。顔色も悪く、痩せ細っている姿を見ると自分もこうなるのかと思うとぞっとするほど怖かった。
地下2階の廊下は、まるで地獄に向かっている廊下のようだ。
このエッセイは、自分への励ましの意味でも綴っている。癌になって、死への不安や治療の副作用の辛さに負けないように・・・
だから「今日は雨が降っているような気分だけど、明日は、腫れるさ!」としているが、今回は、ちょっと無理だ。もう土砂降りで落ち込んでいる。
地下2階の廊下は、地獄へと続いているよ・・・
がんになってから、「お布施をすると気持ちが変わる」ことに気がつきました。現在「認定NPO法人全国こども食堂支援センター・むすびえ」に毎月定額寄付をしています。いただいたサポートは、この寄付に充当させて頂きます。サポートよろしくお願い致します。