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マルチバースで復活した“スパイダーマン”  その波乱に満ちた映画史を考察!

現代のアメコミ映画ブームの基礎を築く。


今や“乱立”と言ってもいいほど、多数のアメコミヒーロー映画が誕生し続ける時代となったが、その中でも長年、別格の人気をキープしているのが、スパイダーマンだ。6月16日に公開された『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース』も大絶賛で迎えられた。

マーベル・コミックにスパイダーマンが登場したのが、1962年のこと。それまでスーパーマンやバットマンといったDCコミックのヒーローが人気を得ていたなかで、葛藤も抱えた10代の主人公がヒーローに変身する設定が新鮮で、あのコスチューム、クモの特徴を使ったパワーとともにファンを量産。マーベルを代表するキャラクターとなった。

その実写の映像化では、1970年代後半にTVムービーが作られ、日本でも東映がTVシリーズを製作。1990年代に入ると、本格的な劇場映画として、ジェームズ・キャメロンが脚本に参加したプロジェクトもあったが、ソニー・ピクチャーズが権利を獲得し、アメコミのファンでもあるサム・ライミを監督に迎えた『スパイダーマン』が、2002年に公開される。これが、今に続くスパイダーマン映画の原点と捉える人は多い。

トビー・マグワイアが主人公のピーター・パーカーを演じた『スパイダーマン』は、世界で8億ドルを超える興行収入を達成。日本でも75億円という特大ヒット。この記録は、『アベンジャーズ』など後にブームとなったマーベル映画にも破られておらず、現在も日本におけるアメコミヒーロー映画のトップに君臨している(2位は『アベンジャーズ/エンドゲーム』の61.3億円。日本映画製作者連盟調べ)。今ではおなじみになった、パラパラとページがめくられるマーベル作品のオープニングのロゴも、この『スパイダーマン』で初お目見えした。

両親を亡くし、伯父夫婦に育てられた高校生のピーター・パーカーは、近所に住むメリー・ジェーン(MJ)に想いも打ち明けられない、消極的な性格。そんな彼が大学の研究所で、遺伝子組み換えのクモに刺され、スーパーパワーが身につくという、スパイダーマンの基本設定が描かれた。誰もが共感しやすいキャラクターが、自身のパワーに戸惑いながらヒーローとなっていくプロセスには、いま改めて観ても“王道”の感動が詰まっている。

NYの高層ビル街をクモの糸を駆使してスイングするなど、驚異のビジュアルの数々もCG技術の進化によって鮮やかに完成された。これが5年前くらいだったら、技術が追いつかなかったかもしれない。NYの貿易センターのツインタワーを使ったシーンは予告編にも登場したが、公開の前年にあの同時多発テロが起こり、サム・ライミ監督がカットした……というエピソードもあった。

ピーター役のトビー・マグワイアは、サム・ライミの妻が『サイダーハウス・ルール』の演技を観て推薦したという。当初、候補者の一人だったレオナルド・ディカプリオも、親友のトビーをプッシュした。トビーのナイーヴな雰囲気はたしかにハマっており、彼は一躍トップスターの仲間入りを果たす。ピーターの過ちによって、伯父ベンが命を落とし、ヒーローの使命を痛感する展開から、「大いなる力には、大いなる責任が伴う」というスパイダーマンのテーマが浮き上がってくるわけだが、その原点がトビーの名演技で創り上げられた。逆さまに吊るされたスパイダーマンが、顔の下半分だけマスクを脱ぎ、MJとキスするなど忘れがたいシーンも多い。

この2年後の2004年、、同じキャスト&監督で作られたのが『スパイダーマン2』。ピーターの苦悩や人間ドラマをよりクローズアップし、アクションヒーロー映画の新境地を開拓した。この続編を高く評価する人は多い。大学生のピーターは新聞社へ写真を売り込む日々。前作で怪人グリーン・ゴブリンを倒すも、その息子で親友のハリーとの友情は壊れていた。そしてマスコミはスパイダーマンを悪人と報道するようになり、ピーターは心労からスーパーパワーを操れなくなっていく。さらに愛するMJが別の男性と婚約……と、劇的な青春映画のような展開のなか、4本の金属アームを操る新たな敵、ドック・オクとの死闘へなだれ込む。

この続編で最高の見せ場といえるのが、後半の列車のシーン。ドック・オクとのバトルを経て、スパイダーマンが暴走する電車を止めようとするアクションは、途中からマスクが外れ、ピーターの素顔があらわにもなる。ヒーローは身近にいて、われわれも共に闘うことができる……。そんな感動的なメッセージが伝わり、現在に至るスーパーヒーロー映画の中でも屈指の名シーンだ。

そして3年後の2007年公開が『スパイダーマン3』。スパイダーマンの活躍が市民から支持され、MJとの交際も順調に進むピーター。過去2作では、メインの宿敵が1人だったが、この3作目では3人にボリュームアップ。ベン伯父さんを殺したフリントが変身するサンドマン、カメラマンのエディに寄生する宇宙生命体のヴェノム、そして親友ハリーのニュー・ゴブリンだ。スパイダーマンもヴェノムの影響で“ブラック・スパイダーマン”と化すし、MJとの恋は、もう一人の女性、グウェンの登場で三角関係の様相を呈し、とにかく過酷な運命が用意された。そして3部作の中で最も痛々しくドラマチックな結末へ向かう。

シリーズ作品の多くは、回を重ねるごとに興行収入も落ちていくものだが、『スパイダーマン』世界8.2億ドル/日本75億円→『スパイダーマン2』世界7.8億ドル/日本67億円→『スパイダーマン3』世界8.9億ドル/日本71.2億円とV字回復。3作を監督したサム・ライミは同じキャストで4作目の構想をスタート。5作目、6作目も視野に入れることになるのだが……。

『アメイジング・スパイダーマン』(2012年)

シリーズ頓挫からリブート、そして再びの頓挫……。


サム・ライミ監督、トビー・マグワイア主演でシリーズ3本が作られ、そのイメージがすっかり定着したスパイダーマンは、2007年公開の『スパイダーマン3』の直後から、4作目の企画がスタートしていた。しかし何度にもわたる脚本の書き直しを経て、ライミとソニー・ピクチャーズの意見は平行線をたどり、2010年の初めにライミは監督を降板。『スパイダーマン4』は作られずに終わった。

しかしその直後、早くも新作のプロジェクトがスタートする。2010年夏に行われたソニーのプレスイベントで、新たなピーター・パーカー/スパイダーマン役にアンドリュー・ガーフィールドが決まったことが発表された。アンドリューは『ソーシャル・ネットワーク』でそのイベントに参加しており、この発表はサプライズとして大きな話題となった。

監督を任されたのは、マーク・ウェブ。2009年の初監督作『(500)日のサマー』が絶賛されての大抜擢だが、同作はラブストーリー。ヒーローアクション大作をどう演出するのかに注目が集まった。新たなスパイダーマン映画はシリーズ新作という位置付けではなく、リブート(再始動)。『アメイジング・スパイダーマン』というタイトル(原作コミックでも、このタイトルはおなじみ)で、2012年に公開されることになった。

2007年の『スパイダーマン3』の後、わずか5年でスタッフ&キャストを総入れ替えして新作が完成するのは、ちょっと異例のスピードだが、これはソニー・ピクチャーズと原作のマーベルとの間の契約が関係している。それは「前作の公開から5年9カ月以内に新作を公開する」という条件。クリアしないと、ソニーは自社にとってドル箱となった作品の権利を手放すことになる。だから急いで新シリーズを始動する必要があったのだ。

『アメイジング・スパイダーマン』はリブートということで、2002年の『スパイダーマン』と同じく、高校生のピーターが特殊能力を身につける“原点”のストーリーからはじまる。父親の死の真相を確かめたいピーターが、父の研究者仲間であるコナーズ博士が働くオズコープ社の実習に参加。そこで遺伝子組み換えのクモに噛まれてしまう。前シリーズではピーターの恋の相手がMJ(メリー・ジェーン)だったが、今回はクラスメイトのグウェン・ステイシーになった。グウェンは『スパイダーマン3』にもピーターの大学の研究室仲間として登場し、MJから嫉妬される役どころだった。その研究室の担当教授もコナーズ博士であり、似ているようで微妙に違う設定になっている。

グウェンを演じたのが、後に『ラ・ラ・ランド』でオスカー女優となるエマ・ストーン。スパイダーマンの敵となるのは、コナーズ博士が変身したトカゲの怪人リザードだ。アンドリュー版のスパイダーマンは、トビー・マグワイアよりもスリムで、しなやかな印象。撮影時は28歳だったが、高校生役にも無理がない初々しさが漂っていた。そして大きな進化として、3Dでの撮影が挙げられる。2009年の『アバター』によって、ハリウッドのアクション大作の3Dブームは本格化。この『アメイジング・スパイダーマン』もビルの間をスイングするアクションなどで3Dの効果が最大限に発揮された。マーク・ウェブ監督は『アバター』のジェームズ・キャメロン監督から直に3Dのノウハウを学んだ。

2年後の2014年、続編となる『アメイジング・スパイダーマン2』が完成。スパイダーマンはすっかりNY市民のヒーローとなり、ピーターとグウェンの恋も育まれるなか、またもオズコープ社を起点に恐ろしい敵が出現する。まず、同社の御曹司であるハリー・オズボーンがクモの毒素によってグリーン・ゴブリンに変貌。そしてオズコープ社の電気技師マックスが、エレクトロと化し、2人は共闘してスパイダーマンを陥れる。さらに脱獄囚のアレクセイが、ハリーの父ノーマンが作った兵器を身に着け、サイのようなライノとして大暴れ。前シリーズにおける3作目で3人の敵キャラというバージョンアップが、この『アメイジング』版は2本目で達成された。

この2作目で衝撃だったのは、ピーターの愛するグウェンが亡くなってしまうという、まさかの終盤の悲劇。当然のごとく、続く3作目でのドラマチックな展開に期待が高まり、実際に2016年に公開されることも決まっていた。アンドリュー・ガーフィールドも1作目の時点で3本の出演契約をしていた。

しかし『アメイジング・スパイダーマン3』が製作されることはなかった。前シリーズほど興行収入を上げられなかったという理由もあるが、マーベルの他のヒーローがひとつの世界を共有するマーベル・シネマティック・ユニバース(MCU)がすっかり定着。2015年、ソニーはスパイダーマンをMCU作品として製作すると発表。『アメイジング・スパイダーマン』は終了となり、再びキャストを一新してシリーズが始まることになる。

『スパイダーマン:ホームカミング』(2017年)

MCUへの加入とCGアニメ化!
“マルチバース”を駆使して進化する世界観。


トビー・マグワイア、アンドリュー・ガーフィールドと受け継がれたスパイダーマン役。新たに任されたのは、トム・ホランドだった。

『アメイジング・スパイダーマン2』の公開翌年となる2015年、ソニー・ピクチャーズとマーベル・スタジオの新たな契約によって、マーベル・シネマティック・ユニバース(MCU)にもスパイダーマンが登場できることになり、『インポッシブル』などの名演技が評価されたトム・ホランドが大抜擢された。このときトムは19歳。過去の2人に比べ、圧倒的に若いピーター・パーカー/スパイダーマンの誕生である。

トムのスパイダーマンが初めてスクリーンに登場したのは、翌2016年公開の『シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ』。このときの出番は短めで“ゲスト出演”的な扱いだった。トニー・スターク(アイアンマン)にスカウトされたスパイダーマンが、アベンジャーズの空港での一大バトルに参加する。

そして2017年、トム・ホランドの主演で公開されたのが『スパイダーマン:ホームカミング』。監督を務めたのは、ジョン・ワッツ。こちらも大抜擢だった。

このトム&ワッツ版のスパイダーマンが、過去の2シリーズと大きく違うのは、基本設定が描かれない点。クモに噛まれて特殊能力を身につけたり、育ての親である伯父さんが目の前で死んだりしない。一方でピーターが子供時代にアイアンマンに遭遇し、彼に憧れてアベンジャーズ入りを目指していたという“裏設定”も考え出された。すでにNYでスパイダーマンとして自警活動をしていたピーターが、『シビル・ウォー』の戦いに呼ばれ、その後の物語が『ホームカミング』で展開していく。

NYのクイーンズに住む15歳の高校生ピーターが、トニー・スタークからもらったスーツを着て、スパイダーマンとして活動。兵器を密売し、怪人バルチャーと化すトゥームスに立ち向かう。ピーターとクラスメイトたちのドラマも描かれ、1980年代のジョン・ヒュース監督作へのオマージュなど、前シリーズ以上に青春映画のノリも濃厚。暴走気味で失敗することも多いピーター/スパイダーマンに、トム・ホランドの個性がぴったりで、彼は一躍人気スターとなる。舞台ミュージカルの経験もあるトムは、アクション場面でその身体能力を大いに発揮した。

そこからトム・ホランドのスパイダーマンはMCU作品に登場。2018年の『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』、2019年の『アベンジャーズ/エンドゲーム』でアベンジャーズの一員として戦いに加わった。そして『エンドゲーム』の直後に、再び単独作品とし『スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム』が公開。同作では、時系列から『エンドゲーム』をふまえた物語が描かれた。スクリーンでスパイダーマンの活躍を観られる頻度が急上昇したと言っていい。

この頃になるとMCUでも“マルチバース”の世界観が多用されるようになり、『ファー・フロム・ホーム』でも、別のバースから来たミステリオが敵となる。このマルチバースは、続く2021年(日本は2022年)公開の3作目『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』で、映画ファンが歓喜する奇跡を導くことになる。それは3人のスパイダーマンの共演だ。

この『ノー・ウェイ・ホーム』ではアベンジャーズの仲間であるドクター・ストレンジのパワーにも助けられ、ほかのバースの扉が開くことによって、トビー・マグワイアとアンドリュー・ガーフィールドのキャラクターが、トム・ホランドの目の前に現れる。つまり彼らは別々のバースで、それぞれスパイダーマンとして活躍していた……ということ。さらに過去の宿敵たちも登場し、2002年からはじまったスパイダーマン映画の集大成と言ってもいい世界が展開された。

こうしてアップデートされ続けるスパイダーマン映画だが、トム・ホランド主演による4作目も2023年の現時点で待機中。詳細は明らかにされていないが、過去の例からすれば、次でトムのスパイダーマンも最後になる可能性はあるだろう。その意味で、劇的なストーリーに期待が高まる。

またスパイダーマン映画ということでは、2018年(日本は2019年)公開のCGアニメ『スパイダーマン:スパイダーバース』が、新たな人気を獲得。実写版の主人公、ピーター・パーカーが亡くなったという衝撃の設定の下、ブルックリンに住むアフリカ系の高校生、マイルス・モラレスがクモに噛まれてスパイダーマンとなる物語。ここでもマルチバースが効果的に使われ、さまざまな次元で活動するスパイダーマンが登場する。この作品は大絶賛され、アカデミー賞で長編アニメーション賞を受賞。ここから2部作となる続編が作られ、その前編である『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース』が2023年6月に公開され、大ヒットを記録している。

このアニメシリーズは、「大いなる力には、大いなる責任が伴う」というスパイダーマンのスピリットがみなぎっているうえに、次元によってアニメのタッチが変化するなど、新たな面白さを提供。次々と登場するスパイダーマンキャラの中で、スパイダーウーマンを主人公にしたスピンオフが構想されるなど、その世界観はさらに広がっていきそうだ。もしかしたら、この『スパイダーバース』と実写の『スパイダーマン』も、いつの日かリンクするのでは……などと想像もふくらむ。スパイダーマンの世界は今後も無限に進化していくことだろう。

『スパイダーマン アクロス・ザ・スパイダーバース』公開中
監督/ホアキン・ドス・サントス、ケンプ・パワーズ、ジャスティン・K・トンプソン 脚本/フィル・ロード、クリストファー・ミラー、デヴィッド・キャラハン 声の出演/シャメイク・ムーア、ヘイリー・スタインフェルド、ブライアン・タイリー・ヘンリー 配給/ソニー・ピクチャーズエンタテインメント
2023年/アメリカ/上映時間140分
©2023 CTMG. © & TM 2023 MARVEL. All Rights Reserved.

文=斉藤博昭 text:Hiroaki Saito
Photo by AFLO

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