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経団連要望「裁量労働制対象拡大」をめぐって

裁量労働制の対象拡大を経団連が要望

「改訂 Society 5.0の実現に向けた規制・制度改革に関する提言-2020年度経団連規制改革要望-」を昨年(2020年)10月13日に経団連(一般社団法人 日本経済団体連合会)が公表したが、構成は次のとおり。

Ⅰ.基本的考え方
 1.Society 5.0時代の規制・制度
 2.with/postコロナにおいて特に求められる規制・制度改革

Ⅱ.2019年度規制改革要望<更新・再提出>
 1,社会課題の解決に向けた規制・制度改革
 2.デジタル革新に向けた基盤の確保)

Ⅲ.2020年度規制改革要望<新規>
 1.非対面・非接触型の技術・サービスの導入
 2.テレワーク時代の労働・生活環境の整備
 3.ヘルステックの飛躍的普及

上記「Ⅲ.2020年度規制改革要望」「2.テレワーク時代の労働・生活環境の整備」に「企画業務型裁量労働制の対象業務の見直し」などが要望として記載されている。

No. 44. 企画業務型裁量労働制の対象業務の見直し
<要望内容・要望理由>
労働基準法は、企画業務型裁量労働制の対象を「事業の運営に関する事項についての企画、立案、調査及び分析の業務であって、当該業務の性質上これを適切に遂行するにはその遂行の方法を大幅に労働者の裁量に委ねる必要があるため、当該業務の遂行の手段及び時間配分の決定等に関し使用者が具体的な指示をしないこととする業務」と定めている。

しかしながら、経済のグローバル化や産業構造の変化が急速に進み、企業における業務が高度化・複合化する今日において、業務実態と乖離しており、円滑な制度の導入、運用を困難なものとしている。

そこで、「働き方改革関連法案」の審議段階で削除された「課題解決型提案営業」と「裁量的にPDCAを回す業務」を早期に対象に追加すべきである。

<根拠法令等>
労働基準法第38条の4

法案から裁量労働制拡大を削除した安倍総理

2020年10月の経団連要望には「『働き方改革関連法案』の審議段階で削除された『課題解決型提案営業』と『裁量的にPDCAを回す業務』を早期に対象に追加すべき」とある。

だが、この「課題解決型提案営業」「裁量的にPDCAを回す業務」を付け加えて裁量労働制対象拡大しようとする案はは2018年2月28日に安倍晋三首相(当時)は「働き方改革関連法案」から削除して一度は断念している。

安倍晋三首相は(2018年2月)28日、裁量労働を巡る厚生労働省の調査結果に異常値が多発している問題を受け、今国会に提出を予定する働き方改革関連法案から、裁量労働制の対象拡大に関わる部分を削除する方針を決めた。裁量労働制部分については今国会での実現を断念した。異常データ問題への批判が拡大し、与党からも慎重な対応を求める声が高まったため、裁量労働を含む一括法案のままでは国会審議に耐えられないと判断した。

首相は28日深夜、首相官邸で加藤勝信厚労相と会談し、働き方改革関連法案から裁量労働制に関する部分を削除するよう指示。首相は会談後、「裁量労働制に関わるデータについて、国民の皆様が疑念を抱く結果になっている。裁量労働制は全面削除するよう指示した」と記者団に表明した。(「働き方法案 安倍首相、裁量労働制の対象拡大 今国会断念」、毎日新聞デジタル版、2018年3月1日配信)

上記毎日新聞記事には「異常データ問題への批判が拡大」とあるが、この異常データ問題は2018年2月1日に法政大学の上西充子教授は発信した次のツイートから発覚した。

昨日の質疑で、データ出所が平成二十五年労働時間等総合実態調査であることが明らかにされたようですね。けれどこのデータから何かを語るのは、非常に問題がありです。子細工といってもいい(『「働き方改革」の嘘ー誰が得をして、誰が苦しむのか』より)

この告発ツイートについては久原隠氏(東京新聞・中日新聞論説委員)が書かれた『「働き方改革」の嘘ー誰が得をして、誰が苦しむのか』(集英社新書)「プロローグ 裁量労働制をめぐる欺瞞」に詳しく述べられている。

労働新聞社説「急ぐべき裁量労働制拡大」を読む

経団連が規制改革要望(改訂版)を公表して4カ月後の今年(2021年)2月13日に労働新聞社は社説として「急ぐべき裁量労働制拡大」と題した記事をサイト上に公開。

経団連がまとめ2020年版「経営労働政策特別委員会報告」によると、Society5.0時代にふさわしい労働時間制度として、裁量労働制の対象拡大と高度プロフェッショナル制度の普及を提言した。現在、厚生労働省内で行っている裁量労働制の議論をスピードアップし、遅くても令和3年(2021年)の通常国会へ関連法案を提出すべきである。普及が進まない高プロ制も適用基準や手続き緩和を検討するよう訴えたい。

経労委報告は、これから始まる「働き方改革フェーズⅡ」がめざすものとして、Society5.0を掲げた社会の創設に置いた。デジタル技術を活用して顧客や社会の課題を解決し、新たな価値を生み出す取組みを充実させていく必要があるとしている。その推進力は「働き手」にあり、意識や考え方の変革が求められるという。

日本のデジタル技術が相対的に低位に甘んじている大きな要因は、世界に類をみないほど長期にわたって続いたデフレとともに、専門技術を有する「ジョブ型」社員に適合した働き方が今一歩拡大しない点にある。工場労働者の労働規制を中心とする労働基準法を随時見直し、Society5.0時代に急いで対応すべきである。

「ジョブ型」社員に適合した働き方の一つに、裁量労働制がある。とくに、ホワイトカラーを対象とする企画業務型裁量労働制の積極的拡大を進め、主体的な働き方の拡大を実現して欲しい。併せて、成果に応じた処遇の確立によって意識改革が促進されればデジタル技術のイノベーションに結び付くだろう。

現在、厚労省内で裁量労働制の見直し議論が行われているが、進展が遅過ぎるとしかいいようがない。働き方改革関連法案が成立したのは平成30年(2018年)の通常国会であり、丸2年が経過しようとしている。未だ実態調査すら終わっておらず、対象拡大についての本格議論は始まっていない。

高プロ制も創設時には社会的に注目を浴びたが、普及しているとはいい難い。世界の技術革新は急速に進んでおり、労働規制改革を遅らせてはならない。

労働新聞社の社説にある「遅くても令和3年(2021年)の通常国会へ関連法案を提出すべき」との主張は経団連の要望を受けてのものだろうが、「時期尚早」としか言いようがない。労働新聞自体が認めているように「未だ実態調査すら終わっておらず、対象拡大についての本格議論は始まっていない」状況の中、しかも緊急事態宣言下において「不要不急」の議論ではないだろうか、疑問に思う。

なお、裁量労働制実態調査については厚生労働省・労働基準局が実施した有識者会議「裁量労働制実態調査に関する専門家検討会」で議論された。「裁量労働制実態調査に関する専門家検討会」は本日までに全6回(第1回:2018年9月20日~第6回:2020年4月6日)開催され、議事録は第6回まで公開されている。

裁量労働制実態調査に関する専門家検討会(厚生労働省ホームページ)

追記:裁量労働制実態調査結果を厚労省が公表

2021年6月25日、厚生労働省「裁量労働制実態調査に関する専門家検討会」(第7回)が開催され、その配布資料が厚生労働省公式サイトにて公開され、「裁量労働制実態調査結果」が公表された。

第7回「裁量労働制実態調査に関する専門家検討会」資料(厚生労働省公式サイト)

追記:厚労省が裁量労働制新検討会を設置

厚生労働省は裁量労働制に関する新検討会(正式名称:これからの労働時間制度に関する検討会)を設置し、第1回検討会が2021年7月26日に開催された。

新たに設置された検討会の開催要綱によると、新検討会の趣旨・目的などは次のとおり。

これからの労働時間制度に関する検討会 開催要綱
1.趣旨・目的
労働時間制度については、働き方改革を推進するための関係法律の整備に関する法律(平成30年法律第71号)により、罰則付きの時間外労働の上限規制や高度プロフェッショナル制度が設けられ、働く方がその健康を確保しつつ、ワークライフバランスを図り、能力を有効に発揮することができる労働環境整備を進めているところである。
こうした状況の中で、裁量労働制については、時間配分や仕事の進め方を労働者の裁量に委ね、自律的で創造的に働くことを可能とする制度であるが、制度の趣旨に適った対象業務の範囲や、労働者の裁量と健康を確保する方策等について課題があるところ、平成25年度労働時間等総合実態調査の公的統計としての有意性・信頼性に関わる問題を真摯に反省し、統計学、経済学の学識者や労使関係者からなる検討会における検討を経て、総務大臣承認の下、現行の専門業務型及び企画業務型それぞれの裁量労働制の適用・運用実態を正確に把握するための統計調査を実施したところである。当該統計調査で把握した実態を踏まえ、裁量労働制の制度改革案について検討する必要がある。
また、裁量労働制以外の労働時間制度についても、こうした状況を踏まえた在り方について検討することが求められている。
このため、裁量労働制その他の労働時間制度について検討を行うことを目的として、「これからの労働時間制度に関する検討会」(以下「本検討会」という。)を開催する。

2.検討事項
本検討会においては、次に掲げる事項について検討を行う。
・ 裁量労働制の在り方
・ その他の労働時間制度の在り方

これからの労働時間制度に関する検討会(厚労省サイト)