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テレワークをする権利(在宅勤務権)

「これからのテレワークでの働き方に関する検討会」報告書

昨年末(2020年12月25日)、厚生労働省は「これからのテレワークでの働き方に関する検討会報告書」を公表したが、厚生労働省では、この報告書を踏まえ、今年度内(~2021年3月31日、または4月)までに「情報通信技術を利用した事業場外勤務の適切な導入及び実施のためのガイドライン」(テレワーク・ガイドライン)の大幅な改定(改訂)が行われる予定。

なお、「これからのテレワークでの働き方に関する検討会報告書」では、これからのテレワークでの働き方について、テレワークの対象者を選定する際の課題、テレワークの実施に際しての労務管理上の課題(人事評価、費用負担、人材育成)、テレワークの場合における労働時間管理の在り方、テレワークの際の作業環境や健康状況の管理・把握、メンタルヘルスの対応方針等についての有識者の意見をまとめたほか、テレワークを推進するにあたって必要な今後の対応についての有識者の提言が盛り込まれている。

これからのテレワークでの働き方に関する検討会報告書(厚生労働省)

テレワーク(在宅勤務、リモートワーク)を実施する企業であってもテレワーク対象者を正社員に限るとする企業もあるが、「これからのテレワークでの働き方に関する検討会」報告書は「非正規雇用労働者と正規雇用労働者の間には、テレワーク実施率に差が生じている」と指摘。

内閣府の調査等によると、非正規雇用労働者と正規雇用労働者の間には、テレワーク実施率に差が生じている。正規雇用労働者のみをテレワークの対象とし、非正規雇用労働者にはテレワークを認めていないケースもあると考えられる。

また、報告書には「正規雇用労働者、非正規雇用労働者といった雇用形態の違いのみを理由としてテレワーク対象者を分けることのないよう留意する必要がある」と記載。

短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律(平
成5年法律第76号)及び労働者派遣業の適正な運営の確保及び派遣労働者
の保護等に関する法律(昭和60年法律第88号。以下「労働者派遣法」とい
う。)に基づき、同一企業内において、正規雇用労働者と非正規雇用労働
者との間で、あらゆる待遇について不合理な差を設けてはならないことと
されている。企業においては、正規雇用労働者、非正規雇用労働者といっ
た雇用形態の違いのみを理由としてテレワーク対象者を分けることのな
いよう留意する必要がある。

テレワークする権利(濱口桂一郎委員プレゼンテーション)

厚生労働省の有識者会議「これからのテレワークでの働き方に関する検討会」は全5回の会議が開催されたが、第4回が11月16日に開催され、議案は(1)テレワークにおける労務管理等に関する実態調査(速報)、(2)濱口委員によるプレゼンテーション、(3)これまでの御意見について。

第4回検討会の議案(2)でプレゼンテーションを行った「濱口委員」とは濱口桂一郎・労働政策研究・研修機構労働政策研究所長のこと。濱口委員はプレゼンテーションでEU主要国のテレワーク実施状況などを報告したが、ドイツについては「(略)禍で労働者の36%が在宅勤務をしています」と述べて、そして次のように「モバイルワーク請求権の法案」について説明。

ドイツの連邦政府では、現在モバイルワーク請求権の法案の策定作業を進めております。実は、当初案は、モバイルワークを希望する労働者との協議を義務づけるというほどほどの案だったのですが、去る(2020年)10月にハイル労働社会相、この方は社民党の政治家なのですが、この方が主導した草案では、労働者に1年につき24日のモバイルワーク請求権を付与し、使用者は緊急の経営上の理由がなければ拒否できないという、かなり強硬な案を政府部内で提起しているようなのです。

しかし、濱口委員によると、連立を組むキリスト教民主同盟では「それはちょっときつ過ぎるのではないか」という異論もあるとのことで、「今後どうなるかはまだ不透明だということでありまして、現行法上は、原則として労働者に在宅勤務請求権というのはありませんし、また、在宅勤務をする義務もありません」と説明した(2020年11月16日時点)。

この濱口委員によるプレゼンテーションがドイツにおける「テレワークする権利」議論の説明にとどまったことが影響したかどうかは不明だが、プレゼンテーションの翌月に公表された「これからのテレワークでの働き方に関する検討会報告書」では「テレワークする権利」については特に記載されていなかった。

テレワークをする権利(大木正俊早稲田大学教授投稿記事)

濱口委員が厚生労働省の検討会でプレゼンテーションを行った日が2020年11月16日になるが、その少し前(2020年11月10日)に大木正俊・早稲田大学法学部教授が「(略)を契機にテレワークをする権利について考える」と題した記事を『WASEDA ONLINE』に投稿し、『早稲田ウィークリー』に転載。そして、大木教授は記事冒頭で次のように述べている。

新型〇〇〇ウイルスの感染拡大を契機として日本でもテレワークが急速に拡がった。テレワークは、今後も大企業を中心にある程度定着していくことになるであろう。ついに「テレワーク時代」がやってきたとの感がある。しかしながら、その波に取り残される形で、テレワークを希望しながらもできない労働者が多数存在しており、彼らが離職したり、就労制限せざるを得ないために収入を減らしたりするなどの問題が生じている。問題解決の糸口になりそうなのが、欧州の立法にみられるテレワークをする権利である。本稿では、筆者が専門とするイタリアの立法例を参考にテレワークをする権利について考察したい。

大木教授によると、イタリアは(略)禍に「テレワークをする権利」を認めたそうだ。

イタリアでも、新型(略)ウイルスの感染拡大をうけて、テレワークを促進する法規制の整備が行われた。一連の施策のなかで本稿との関連で重要なのは、(1)障害者または家庭内に障害者がいる労働者、および(2)14歳以下の子を養う親である労働者に対してスマート・ワーク(就労場所や時間を労働者自身が決定できる労働形態)をおこなう権利が付与された点である。

そして具体的には、具体的には、まず2020年3月17日緊急法律命令18号において、時限付きではあるものの、一定程度以上の障害がある労働者、および家庭内に一定程度以上の障害がある者がいる労働者を対象として、労務給付の性質と両立する限りにおいてスマート・ワークをおこなう権利が認められた(39条1項)。なお、この緊急法律命令では、疾病により労働能力が低下した労働者は、使用者がスマート・ワークを実施する際に優先的に割り当てられることも定められている(同条2項)。

そして、2020年5月19日緊急法律命令34号では、やはり時限付きではあるが、14歳未満の子を養育する労働者に対して、緊急事態が終了するまでの間、家庭内に休業、失業時の所得保障を受けている親、もしくは労働者ではない親の不存在を条件として、労務給付の性質と両立する限りにおいてスマート・ワークをおこなう権利が認められた(90条)。

大木教授は「これらの措置は、新型(略)ウイルスの感染拡大防止措置によって私生活面での負担が増した労働者に対して、職場での就労が困難となっても就労を継続できるように配慮したものと位置づけることができる」と指摘している。

日本でもテレワークをする権利(在宅勤務権)の議論を

大木教授は「欧州において『テレワークをする権利』という発想が示されたのはイタリアが初めてではない」とし、例えば、EUの2019年の立法(ワークライフバランス指令)は、各加盟国に対して「一定年齢以下の子供がいる労働者や介護をする労働者が、柔軟な労働編成(リモートによる就労体制の活用も含まれる)を求める権利を確保するよう義務づけている」と述べている。

また「オランダやフィンランドでは、パンデミックより前の段階で、イタリアやEU指令のように配慮が必要な労働者のみを対象にするのではなく、より広い範囲の労働者に対して就労の時間および場所を労働者本人が使用者に要求したり、自ら決定できるようにする立法をおこなっている」としている。

そして、これらの立法は「労働者が主体的に労働と私生活のバランスを構築することを基本的な理念に据えて、その帰結として就労時間だけでなく就労場所も労働者が主体的に決定するのが望ましいとの考えに基づいたものであろう」と指摘したが、大切な視点であろう。

厚労省の有識者会議でのプレゼンテーションで少し「テレワークする権利」にふれられたが、大木教授が述べるように「日本では、テレワークをする権利を明確に認める立法をするという動きはなく、また労働法学においてもこの権利はほとんど議論されていない」といった状況にある。

繰り返しになるが、厚労省は昨年末に「テレワークで働き方検討会報告書」を公表し、報告書を踏まえてテレワークガイドライン(指針)の改訂作業が進められているが、しかし報告書には特に「テレワークする権利(テレワークをする権利)」については明記されていない。

たとえ記載があったとしても、ガイドラインは法令に根拠規定をもっていない指針にすぎない。労働契約法などの労働法規に根拠規定をもつ指針に「テレワークをする権利(在宅勤務権)」が記載されて初めて法制化となる。

今後、厚生労働省・労働政策審議会分科会など「テレワークをする権利(在宅勤務権)」に関する議論がすすめられることを願う。

追記:厚生労働省「テレワークの適切な導入及び実施の推進のためのガイドライン」公表

厚生労働省は、現行のテレワークガイドライン(指針)「情報通信技術を利用した事業場外勤務の適切な導入及び実施のためのガイドライン」を「テレワークの適切な導入及び実施の推進のためのガイドライン」(指針)に改定し、公表(2021年3月25日)。

この改定テレワークガイドラインは、経団連要望にほぼ沿ったものとなった。だが、ドイツなどで言われているテレワークをする権利については権利として明文化されていないが、テレワークの対象者に非正規や派遣社員を排除しないよう記載されている。

テレワークの適切な導入及び実施の推進のためのガイドライン(厚生労働省ホームページ)

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*ここまで読んでいただき感謝(佐伯博正)