【うつ病せんせい】5. 復職チャレンジ
休養と服薬によって、日常生活が徐々に戻ってきていた。ただし、相変わらず無職であった。わたしは働きたかった。何もしていない時間は、よくない思考パターンに陥りやすい。とはいえ、焦りが禁物なこともわかっていた。わたしは麻酔科医なので、麻酔の仕事がしたいというのが本音だったが、いきなり手術室の業務に復帰できるとは思えなかった。
そこで、まず健康診断などの比較的負荷の少ない仕事をしてみようと考えた。調べるとそのような求人はたくさんあり、探すのには困らなかった。半日の業務から始めてみたが、何度か勤務してみた感触は悪くなく、これならわたしにもできるかもしれないと思えた。しかし、ある朝の通勤電車の中で、突然ドキドキして立っているのが辛くなった。次第に激しいめまいと吐き気に襲われたので、わたしは途中の駅で降り、トイレに駆け込んだ。その後はそこから動けなくなってしまい、母親に連絡して迎えに来てもらった。仕事はというと、先方に連絡してどうにか代わりの医師を見つけてもらったので、その日は休むことができた。
その日の業務もたしか健康診断だったが、人数が多く、いつもに増して不安があった。そのプレッシャーと、通勤電車の圧迫感によって、わたしは初めて外出先でパニック発作(不安発作)を起こしたのであった。不安発作が起きた際に飲む頓服薬が処方されており、その日も持ち合わせてはいた。しかし、いざ発作が起きてから、薬と水筒を取り出して内服するまでの動作が冷静に行えるわけがない。これは家に居てもそうなのだが、発作時にひとりで対処するのは実際は難しいのだ。誰かに落ち着かせてもらい、薬を飲むように促してもらわないことにはどうしようもないことも多い。
そんなわけで、わたしの復職は失敗に終わった。このエピソードの後も、しばらく休んでそろそろ大丈夫かなと思い出勤してみるも、やはり同じようなことが起こってまた休む、というサイクルを何度も繰り返した。本当に、何度も何度も繰り返した。
朝決まった時間に起きて仕事に行き、疲れた疲れたと言って帰路につき、帰宅後は食事をしてリラックスタイムを過ごし、翌日の準備をして眠りにつく。そんな日常が自分に訪れる気がしなかった。しばしば耳に入ってくる、「仕事が辛い、いっそ辞めてのんびりしたい」などといった愚痴が心底羨ましかった。自分は普通の社会生活もまともに送れない、役立たずの、使えない人間のように感じられた。
(つづく)
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