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【百人一首】(春の夜の/六七 ・周防内侍)

春の夜の夢ばかりなる手枕にかひなくたたむ名こそを惜(をし)けれ
(六七・周防内侍)

【解釈】

春の夜の短い夢のような、あなたの気まぐれな腕枕に乗っかるような私ではありません。そんなたわむれの恋のために、つまらない噂になりたくないもの。

出典は千載集 雑上 九六一。
作者は周防内侍(すおうのないし)。平仲子というのが本名ながら、父親が周防守であったために周防内侍と呼ばれています。

長く宮仕えをした周防内侍が、若い頃の作品です。
詞書はやや長め。
「二月ばかり月明き夜、二条院にて人々あまた居明かして物語などし侍りけるに、内侍周防寄り臥して、枕をがなと、しのびやかに言ふを聞きて、大納言忠家、これを枕にとてかひなを御簾の下よりさし入れて侍りければ、詠み侍りける」とあります。

貴族たちが夜遅くに語らっていた折に、眠くなってしまった周防内侍。
眠いから枕がほしいとつぶやいたところ、全力で拾ったのが大納言である藤原忠家でした。

すかさず「俺の腕枕、使ってみる?」と御簾の下から腕を差し出され、周防内侍が返答のために詠んだのがこの歌です。「甲斐なく」と「かひな=腕」が掛詞になっています。

飲み会の席において上司のセクハラをどうかわすか、みたいな話でしょうか。軽いノリでからかっているように見せかけてワンチャン狙いな感じがまためんどくさいやつですね。

とは言え、そもそも夜の集まりで寝たいから枕がほしいとつぶやくなんて、なかなか思わせぶり。
さらに断りの歌でありながら響きは雅で、どこかほんのりとエロティックな雰囲気もあります。周防内侍、おじさん転がしの素質ありすぎ。

小悪魔的な女子のセリフを全力で拾ってさらっとフラれた藤原忠家ドンマイ、という気持ちでこの歌の切れ味をゆるく楽しむのが、現代を生きる私たち大人のたしなみというものでしょう。

この歌、けっこう好きです。


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