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【百人一首】(さびしさに/七〇 ・良暹法師)

さびしさに宿を立出(たちいで)て眺むればいづくもおなじあきのゆふぐれ
(七〇・良暹法師)

【解釈】

あまりにさびしくて、草庵を飛び出して外の景色をぐるりと見渡してみた。それでも、どこも同じようにさびしい秋の夕暮れだった。

美しいですね。難解な単語や技巧はなく、わりとそのまま分かる歌です。

出典は「後拾遺集」秋上 333。
作者は良暹法師(りょうぜんほうし)。比叡山の僧侶で、ある時から大原に隠遁したとされています。歌の名手で、あちこちの歌会に呼ばれていたとも。後拾遺集には14首も採用されています。

大原に住み始めてまもない頃に詠まれたのがこの歌です。

たまらなく淋しい秋の日。どこか遠くへ行きたいと思って家の外に出てみたけれど、やっぱりどこも淋しい秋の夕暮れだった。

1000年前の歌なのに、なんか分かるわーという気持ちになりますね。

ものさびしく人恋しい秋の夕暮れというモチーフは、藤原定家の時代に至るまで名だたる歌人たちに大人気。寂蓮や西行、そして定家自身も「秋の夕暮れ」を詠んでいます。

この良暹法師の歌も、彼らに影響を与えていたのかも。

それにしても、最近はかなり観光客が戻ってきているという噂の京都。

今年は桜の季節には行けなかったけれど、紅葉はどうかしらと思っています。

もう今年の秋には大原の里にも人があふれて、全然さびしくなんかないかもしれないけれど。

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