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【百人一首】(思ひわび/八二・道因法師)
思ひわび扨(さて)もいのちはあるものをうきにたへぬは涙なりけり
(八二・道因法師)
【解釈】
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恋しい相手を思ってばかりで息も絶えるかと思ったものの、まだ命がある。
それでもこのつらい気持ちに耐えかねて、ひとりでに涙が出ることだ。
出典は「千載集」恋三 八一七。
作者の道因法師とは、藤原敦頼(ふじわらのあつより)のこと。十一世紀終わりから十二世紀にかけての人です。
当代きっての歌人で、千載集にはこの歌だけでなく全部で20首もおさめられています。
また平安朝の人としては相当な長生きで、90歳頃まで歌合せに出向いていたとされています。出家も80歳を過ぎてからなので、貴族として過ごした時間が長かったようです。
長く叶わぬ恋を詠んだ歌。若い頃からずっと思い続けた相手がいたのでしょうか。
制御できない思いを情感たっぷりに詠む、いかにも平安貴族好みの味わいがありますね。
恋心をうたいながら、恋しい人ではなくあくまでも自分のことを詠む。
なんというか「そんなオレが好き」みたいな歌は、読んでいて若干つかれるものですが、平安時代はそういう「自分大好きソング」が意外に多いようにも思います。
まあオレ全開で恋人そっちのけの人は今でも時折いるけれど。
ただし、少し違う解釈もあります。
恋の歌における定番の言い回し「おもひわび」ですが、老齢の作者が過ぎ去った人生そのものを振り返って、もう少しスケールの大きい心情を歌っていると見る向きもあるのです。
その場合は、特定の相手が見えてくる必要はありません。
さまざまなことがあった長い人生、思い返せば自然と涙があふれてくる。老齢の僧侶が詠む、そんな歌も素敵だと思います。
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