見出し画像

【短編小説】trick or treat 🎃

秋の夜風が気持ちいい。
廃ビルの屋上で俺は独り煙草をふかす。
煙が虚空を昇っていくのを見つめて溜め息をつき、缶コーヒーを胃に流し込む。
孤独が良い感じに沁みる夜だ。
下界では、何やら騒がしい祭りが今年も我が物顔で街を闊歩していく。
若者は何かと理由をつけてバカ騒ぎするのが大好きらしい。
まぁ……俺には関係ない。
勝手にバカを謳歌するがいいさ。

「トリックオアトリート!」

突然背後から聞こえてきた甲高い声に、俺は肩をビクつかせて驚いた。
思わず咥えていた煙草を落としそうになった。
振り向くと、そこには女子高生ぐらいの年齢の少女が笑顔で立っていた。
俺の頭に幾つもの疑問符が浮かぶ。
「えへへ。ビックリした?」
そう言って笑いながら俺に近づいてくる彼女。
「お菓子くれなきゃイタズラしちゃうぞ」
「……あ、あぁ」
そう返事するのが精一杯な動揺しまくっている俺がいた。
「え?それだけ?」
俺のリアクションが薄いことに不満だったのか、彼女は残念そうに肩をすぼめて溜め息をついた。
「な、なんで」
「え?」
「君、なんでここにいるんだ、すか?」
俺は変な敬語を使いながら彼女に尋ねた。
何で敬語?と言い、彼女はクスクス笑う。
「気になる?聞きたい?」
彼女がイタズラっ子みたいに、俺の顔を覗きこんだ。
当たり前だろ。
こっちは謎だらけなんだ。
俺は頷いた。
彼女はまたクスクスと笑って、鼻唄まじりに適当に踊ったりしている。
おい……はやく教えろよ。
俺は苛立ちながらも、まるで異空間に迷いこんだみたいな不思議な感覚に、ただただ戸惑いを隠せずにいた。
「ハロウィンと言えば何?」
「え?あ、えーと。まず、カボチャだろ。あとは魔女かな」
「惜しい!」
「え?」
「魔女に近い……いや、近くはないか。まぁ、同じ類い?」
彼女が小首を傾げる。
俺は煙草を咥えながら考えた。
彼女は、胸のあたりで両手をゆらゆらさせながら、どろろろーんなんて言っている。
どろろろーん……。
「あ!」
「ふふふ。わかった?」
「オバケ……か」
「せいかーい」
そう言って彼女は手を叩いた。
「は?え?あ?」
て、ことは……コイツは。
「どうもはじめまして。幽霊です」
ペコリと頭を下げる彼女。
俺はついに咥えていた煙草を地面に落とした。
数秒後、俺は我に返り地面に落ちた煙草の火を足で揉み消した。
彼女はずっとクスクス笑っている。
さっきまでニヒルにきめてた中年のオヤジが、年甲斐もなく動揺する様が面白いんだろう。
「本当に、幽霊なのか?」
俺は新たな煙草に火をつけて尋ねた。
彼女は笑顔で頷く。
「な、なんで。俺なんだ」
「オジサンて……自意識過剰?」
「は?」
自意識過剰だ、と。
コイツ……痛いところを突いてきやがる。
「私ね。昔ここから飛び降りたんだよね」
「自殺……か」
「まぁ。そういうこと」
彼女が柵から下を見下ろす。
「で?」
「うん。何か未練が残っちゃったみたいでさぁ。地縛霊っていうの?それになっちゃったんだよね」
「そう、だったのか」
「うん。だからほら」
そう言って、彼女はグルッと回った。
制服らしきチェックのスカートが翻った。
「飛び降りた時の格好のまんま」
「え?普通、死んだ時の格好のまんまなんじゃねぇの?」
「そうなの?私、幽霊みたことなかったからさ。そこらへんわからなくて」
「いや。俺も幽霊みたのなんて……君が初めてだから。よくはわかんねぇし。知らないけど。まぁ、そういうもんかなぁって」
「そ、そうか」
「あ、あぁ」
知るわけねぇだろ。
幽霊の事情なんて。
「死んだ事後悔してんのか?」
「うーん。どうかな。まぁ、スッキリはしたかな」
「スッキリしてたら地縛霊になんかならねぇだろ」
「あっ!それもそっか」
彼女は空を見上げながらケラケラ笑った。
「オジサン?」
「ん?」
「本当の独りぼっちって、それこそ地獄だよ」
彼女はそう言って俺を悲しげな瞳で見つめた。
「オジサンにその覚悟、ある?」
「え?」
「オジサン……ここから飛び降りるつもりだったでしょ?」
な、なんでそれを……。
彼女の鋭い眼光に背筋がゾクリとして生唾をのむ。
「私さ。いつでも姿現せるわけじゃないんだよね。けっこうパワーも消費しちゃうし」
「……」
「でも久しぶりに人間に会えて嬉しかったし、オジサンと話したかったし、それに」
「それに?」
「オジサンに私と同じ思いさせたくなかったからさ」
「……」
「同じ後悔、させたくなくてさ……あっ」
「な、なに?」
「やっぱ私、後悔してたみたいだわ」
そう言って、彼女はまたケラケラ笑った。
俺は咥えていた煙草を手に持ち、息を吐いてから揉み消した。
煙草は残り後一本。
これを吸い終わったら、ここから飛び降りるつもりだった。
バカ騒ぎしている奴らに俺の死を見せつけてやりたかった。
本物のバカは……俺、だな。
俺は自嘲した後、煙草の箱を握りつぶした。

「トリックオアトリート!」

彼女が魔法使いの真似事のような動きをして俺にこう言った。

「今、あなたに魔法をかけました。あなたの寿命は100年延びました」
「え?」
「この魔法は絶対に解けませんので……あしからず」
彼女は人差し指で大きく丸を描いて、今度は踊り子のように一礼した。
そしてニッコリと笑って、舌をペロッと出した。
イタズラっ子みたいに。
俺の口にしょっぱいのが流れ込んできた。
「あぁあ。とんだハロウィンだぜ。まったく」
俺は顔を拭いながら鼻を啜った。
ぽっかり浮かんだ月を眺めながら、独りごとのように呟いた。
「やめた、やめたぁ。あぁ、陽気な祭りとおせっかいな幽霊のせいで、死ぬ気が失せたわ。あっ!これも魔法にかかっちまったからかな。本当に後100年生きれそうだ」
そう言って彼女を見た。
「イタズラ大成功」
満面の笑みでブイサインをする彼女。
次の瞬間、目映い光が彼女を包みこんだ。
彼女の体はみるみる透けていった。
「あれ?」
「おいっ」
俺は彼女の手を握りしめようとした。
でも、もうそれはできなくなっていた。

「私、もしかして、成仏できるのかな」

あ……
そうか……。

「かもな」
「……」
「良かったな」
彼女が嬉しそうに頷いた。
「そ、そのなんだ」
「……」
「あ、ありがとな」
俺は照れながら彼女に言った。
「らしくねぇぞ!オヤジ」
「うるせー」
彼女は最後まで笑っていた。
「くたばんなよ。オヤジ」
「おー」
「じゃあね」
「おぉ」
「バイバイ!」
彼女が元気よく手を振る。
俺は消えていく彼女を抱きしめた。
感覚はない。
でも、温もりらしきものを心で感じていた。
ありがとう……。
俺は心のなかで呟いた。
彼女のイタズラっ子のような笑い声が、いつまでも俺の心にコダマしていた。
彼女が消えた後には、数枚のクッキーが入った袋が落ちていた。
「いや、逆だろ」
俺は笑って、そのクッキーを食べた。


「まったく……とんだハロウィンだぜ」



トリックオアトリート
お菓子くれなきゃイタズラしちゃうぞ

なんて……な。







































この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?