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【短編】グラスに愛を泳がせて

強めのお酒で酔い潰れたい気分だった。
でも冷静を僅かに保っていた理性が、それを阻止した。
「つまらない男になったものね」
溜め息をついて、私は彼を責めるように呟いた。
「本気で恋をしたら、きっと解るよ」
「本気で恋、ね」
「あぁ」
グラスの中で氷がないた。
「愛なんて信じてなかったんじゃ?」
「まぁな」
「恋より嘘に」
「……」
「愛より快楽に酔ってた男だったはずよね」
今までの自分を軽蔑しているような笑みを彼は浮かべた。
「軽薄な関係は楽だからな」
軽薄という言葉に、私の胸が痛んだ。
抉れた傷にしみる。
「そうよ。そんな関係をやめちゃうなんて、もったいないと思わない?」
私はグラスのなかを泳ぐ氷を見つめる。
「別にいいじゃない。今まで通りで。私は愛人になったって構わないわ」
「……」
「愛してくれなくたって……。ううん。もともと愛なんてなかったんだし。カラダの関係だけなんだから。別れる必要なんてないっ」
「ごめん」
今までになく真剣で優しい眼差し。
ずるい……。
「今回は今までとは違うんだ」
「……」
「本気なんだ」
「それ、さっき聞いた」
「中途半端な気持ちのまま付き合いたくないんだ。だから」
「関係を精算したいってわけね」
「……あぁ」
私は軽く笑って告げた。
「本当、つまらない男になったわね」
「……」
「愛なんて信じて、バカみたい」
胸が、イタイ。
「ダサ」
イタイ……。
「ダサい、か。確かにダサいよな。でももう一度、愛ってやつを信じてみたくなったんだ」
穏やかな笑顔。
彼はもう……軽薄な恋に笑うことはない。
真実の愛なんてあるか解らないけど。
きっと見つけたんだ。
愛なんて信じてバカみたいだけど。
でも、見つけちゃったんだね。
「あぁもう面倒くさい!別にいいんじゃない?今の貴方にはつまらない普通の恋愛がお似合いよ」
「別れてくれるのか?」
「別れるも何も私たちの関係には、もともと何もないじゃない。ただカラダの相性が良かったから続いてただけよ」
「それはそうだけど」
「心配しないで。今の貴方にはもう興味ないから」
「……そっか。そうだよな」
「えぇ。また新しいパートナーを見つければいいだけの事よ」
「そうだよな。安心したよ」
笑顔に……抉られる。
「わざわざ会って報告してくれてありがとう。ラインでも良かったのに」
声が震える。
「ちゃんと会って伝えたかったから」
ずるい。
「さようならと」
「……」
「ありがとうを」
ずるすぎる。
「そうなんだ」
自分の表情がわからない。
ちゃんとできてるか、わからない。
氷はもう、なかない。
「元気でね。お幸せに」
精一杯だった。
「あぁ。ありがとう」
「……」
「お前も……元気でな」
「うん」
「さよなら」
「うん」
私は笑顔で手を振る。
彼が去っていく気配を感じながら、甘ったるいカクテルを飲み干した。
唇が震える。
目頭が熱くて、痛い。
限界……。
カウンターに落ちる滴、しずく。
愛なんて信じてなかった。
信じてなかったはずなのに……。
私はいつの間にか、軽薄な嘘に酔うフリをしながら、愛なんてものを信じて、夢みてしまっていた。
普通の恋愛なんかして、つまらない女になってしまっていた。
貴方に愛なんて……。
本当、わらっちゃう。
「バカみたい」

私は一番強いお酒で、自分の馬鹿げた愛を葬った。

ー完ー













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