【小噺】なにもの

「さっきから何浮かない顔をしてるんだ」
「何って言われても困るんさね」
「何か悩み事かい?」
「今更悩み事もないさねぇ。こんな姿になってまで悩むなんざ、よっぽどだよ」
「そりゃあ違いねぇや」
「なぁ……お前さん?」
「何でい」
「あたいはいったい何者なんだい?」
「おかしな事を聞くんじゃねぇよ。おめぇは俺の女房じゃねぇか」
「でもね、お前さん」
「……」
「あたいは幽霊なんさね」
「幽霊でも、俺の女房に変わりねぇだろ」
「そうなんかいね」
「当たりめぇよ」
「でもよ、お前さん」
「さっきから何だよ」
「お前さんに新しい女房ができたら、あたいは何者になるんだい? ただの幽霊かい?」
「そりゃあおめぇ。あれだよ。元女房だよ」
「元女房の幽霊かい?」
「まぁ……そうだろさ」
「女房色は薄まっちまうんかね」
「まぁ。元が付いちまうとなぁ。しかたないわな」
「やっぱりそうかい」
「そんな悲しいそうな顔すんなよ」
「だってお前さん」
「……」
「その新しい女房も死んじまったらどうなるんだい」
「それは……元の元の女房か?」
「そんなわけないさね。そうなったら、もう女房としてのあたいは、お前さんのなかから消えちまってるさ」
「心配するこたねぇ。その頃には、俺も生きちゃいねぇよ」
「いや。お前さんはしぶとそうだからね」
「こうも毎晩、おめぇに枕元に立たれちゃあ、生きた心地もしねぇってもんさ」
「そりゃあお前さん。あまりにもつれないじゃないかい。さびしいさね」
「泣き真似はやめねぇ」
「ったく。いけずだねぇ」
「おめぇの執念深さは相変わらずだなぁ。幽霊になっても治りやしねぇ」
「当たり前さね。幽霊なんて、もともと執念の塊みたいなもんだろよ」
「それは語弊があるんじゃねぇか」
「そうかいね。幽霊は念の塊じゃないんかい」
「念の塊?」
「はいな」
「するってぇと。おめぇさんは、俺の女房じゃねぇのかい?」
「おかしな事いうんじゃないよ。あたいはお前さんの女房だわいね」
「でも念の塊なんだろ?」
「そうさね」
「じゃあ念じゃねぇか」
「幽霊だよ」
「幽霊で念で俺の元女房……いや、まだ女房? ん?」
「お前さん、しっかりおしよ」
「なぁ……」
「何だい、お前さん」
「おめぇはいったい」
「………」
「なにものなんだ?」



ー完ー


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