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サンタクロース予備軍ー①

 どうしてこうなったのだろう。今日は楽しい楽しいクリスマスイヴではないか。街はキラキラ光り、子供たちは楽しそうにサンタクロースを待って無理矢理でも寝かされ、恋人たちは誰にも邪魔されない場所で愛を誓い合う日だろ。 

 僕だけなぜフラれているのだ。今日に限っては、仕事も早く終わらせたし、というか課長が気を使って「こんな日くらいは早く帰れ」と言ってくれた。「いやいや」と言いつつ、実は予定ありますよ感を醸し出して帰ったのに。予定はあった。これは間違いない、一世一代の予定である。数年ぶりに彼女ができ、歴代史上最高得点のクリスマスを過ごすという予定が。

 彼女の顔はどんなスクラップ映画を見ているより険しかった。僕はとびきりのお洒落なレストランを予約してそこまで得意ではないワインを嗜み、帰りにイルミネーションを見て2人で歩き、トドメに告白をした。結果は先ほどお伝えした通りNOだった。ここで問いたい。こんな日に興味のない異性とご飯行きますかね。絶対OKじゃん。好きだと思うじゃん。2つくらいしか歳は変わらないけれどここまで価値観が異なるのだろうか。「これからも友達でいよう」と真正面からフってももらえないという苦渋を舐めさせたられた。今では眩しさでしかないイルミネーションの中を1人トボトボ歩き、帰宅したら映画「ゴッド・ブレス・アメリカ」を見ようと考えていた。

 無性にお腹が空いてきた。そういえば、おしゃれレストランの食事はとびきり美味しかったが、量は微々たる量で物足りなかった。一気に緊張が解け12月の寒さが襲ってきた。こんな時は無性にチャーハンが食べたくなる。僕が住んでいる最寄りの駅の近くには不定期休業と謳いながらほぼ365日、深夜まで開いている中華料理屋がある。特に店主のおっさんや店員とは話すことがないが常連ではあると思う。帰り際に「いつもありがとね」と言われるし。せめてこの凍てついた心に店主のありがとうで癒されようと考えた。

 ふらふらになりがなら最寄りの駅に着き、店に到着した。あと2時間でクリスマスになるというのにそんな雰囲気を感じさせず、微動だにしない、いつもと同じ佇まいのこの店に救われた。店に入ると「いらっしゃい」と店主の声と後から続いていつも聞く店員の「らっしゃい」が聞こえた。店の中には先客は誰もいなかった。頼むメニューは決まっている。店員がお水を持ってきてくれたタイミングでチャーハン大盛りと餃子一人前を注文した。

 この店のチャーハンは刻んだネギと卵、コロコロチャーシューのみのシンプルな構成であり、ごま油で炒めて、ほのかに茶色がかった米でパラパラとしっとりの中間くらいの絶妙な食感の塩梅である。そして餃子である。餃子は僕の好きな若干大きめの餃子で、佐野ラーメンなどのお店で出てくる様な皮が厚め具たっぷりの食べ応えのある餃子なのである。某有名飲食店評価サイトでは評価は3.02といわゆるThe平均点のお店なのだが過小評価も甚だしいと思う。やっぱりあんまりネットも当てにならないな。僕と付き合えばこんな美味しい料理を一緒に食べれるのにあの子ももったいない事してやがるぜと、とにかく一心不乱にポジティブに自分の状況を肯定しチャーハンと餃子を待っていた。

 厨房から不穏な会話が聞こえた。「お前、なんでネギがねえんだよ!」いつもポーカーフェイスの店主が声を荒げていた。「すみません」不機嫌そうな店員の声が後から聞こえた。すごく嫌な予感がした、というか嫌なことが起きそうだ。厨房から店員が出てきて「お客様、すみません。実は葱を切らしてしまして、チャーハンと餃子が葱抜きでもよろしでしょうか?」反省しているのかしていないのかよくわからない顔をして聞いてきた。いつもの僕ならばあっさり「いいですよ」と言っていたところだが、自分でもよくわからないが「あ、そしたら僕葱買ってきますよ」と話していた。

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