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ソーシャルディスタンス・サーカス

ラスベガス。そこは言わずと知れたカジノのメッカ。そしてまた、シルク・ド・ソレイユをはじめとする、アクロバティックショーの拠点でもある。

悲しいことに、このコロナ禍による失業率は全米ナンバーワンを記録。特にホテル・カジノ業界やエンターテイメント業界で働いていたアーティストや関係者が何千人もレイオフされた。

昨年から始まるこの一連の騒動で、一時期はまるで夢の中にいるかのように閑散としたラスベガスのダウンタウンだったが、コロナワクチンの接種率が上がるに伴い、以前の賑わいを取り戻してきている。ささやかにホテルのショーも再開し、レストランも繁盛している様子。とはいえ、シルクドソレイユの「O」など、ラスベガスの人気ショーが復活するのは夏以降とみられている。

そんななか、パフォーマンスの場を失ったサーカスのアーティストたちが、ゴルフ場を貸し切ってソーシャルディスタンスを守った「ドライブイン・サーカス」を開催するという嬉しいニュースが飛び込んできた。開催は2日間、5回公演のみ。これがうまくいけば、続いていくかもしれない。応援するつもりでチケットを買おう!そう思って公式サイトをみると、なんと軒並みSOLD OUT。血眼になって探したら、最終回のショーに少々の空席を発見して、「ゼーッタイに見にいくのだ!我らのチケットー!!!」と夫と二人、ゼーゼー言いながらチケットをオンライン購入した。

それにしても、地元のFOXニュースでサクッと報道されただけというのに、この人気。ラスベガス市民がどれほど安全なショーを待ち望んでいたかがうかがえる。

主催者から夜は寒いのでジャケットや毛布を持ち込んでくださいとのアナウンスメールが来たので、あったかいお茶もこさえて、準備万端にして会場となるゴルフ場へ向かったのが夜7時。

会場に着くと、スタッフがグループごとのシートへと案内してくれた。

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2人組は、ゴルフカートに乗って観劇できる。楽しそう!

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スナックとして提供されるのは、ホットドッグやベジバーガー、チョコレートにサイダー、ポップコーンとまさに「高カロリー・低栄養」のオンパレード。だが、これが久々の観劇の気分を空まで盛り上げてくれたのだった。鑑賞しながらポップコーンなんて1年以上ご無沙汰だったから、嬉しすぎて涙が出るかと思った。

ラスベガスの広いゴルフ場を貸し切り、ソーシャルディスタンスを守って行われるサーカス。祝福するかのようにきらめく月明かりに照らされて、それはそれは幻想的な夜だった。

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サーカスショーは自転車屋の店主と、そこにやってくる一癖も二癖もある客が、てんやわんやするというストーリー仕立てで、パントマイムやアクロバットが約1時間にわたって繰り広げられた。アーティストが客席近くをパフォーマンスして周るので、彼らの生き生きした表情までつぶさに見ることができる。おどけたピエロに笑ったり、アクロバットに歓声をあげたり…客席の距離は今まで以上に遠いものの、今宵を楽しもうとする人々の心が一体となったような感覚が、そこには満ちていた。

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私たちは一度、輝ける場所を失った。

だから私たちが輝ける場所を、今度は自分たちの手で作ろうと思った。

挨拶としてサーカスの団長がそういうと、会場から割れるような拍手と歓声が起こった。それはしばらく、鳴り止まなかった。私も手が痛くなるくらい、拍手をした。声をあげた。団長の言葉の中にある大きな希望が、そこにいる私たちの中に植えつけられたような気持ちがしていた。

この先行きの見えない不安な時代に、自分たちの輝く場所がいきなり奪われたとしても、あの手この手を尽くして、新しい道を切り開こうとする人たちがいる。理不尽さを感じただろう。不安や怒りも感じただろう。それでも「自分には輝ける場所があるんだ」と諦めないその気持ちの強さが、大勢の観客を呼び、感動を生み出し、夜空を輝かせている。その事実に胸が詰まって、笑いたいような、泣きたいような気持ちになった。

希望はいつだって、あちらからやってくるものではなく、今手にしているものの中から見つけ出すものなのだろうな。そんな風に思いながら、私の輝ける場所について思案する帰り道だった。

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