夜間シフトで大学を清掃して4時に寝て、朝10時から英語クラスに来るハツラツラテン系おばちゃんに学ぶこと

アメリカに引っ越して半年。私の英語の発音が悪いからだろう、保険のカスタマーサービスやレジであからさまに理不尽な対応をされることが何度かあった。にっちもさっちもいかなくて、ネイティブの夫に話し手を変わると何事もなかったようにスムーズにことが運んだりして…ちょっと対話恐怖症というか、好きだったコミュニケーションが嫌いになりかけていた。

一人悶々としながらNetflixのドラマを見まくって気を紛らわせていたのだが、ある日、娘が誰も日本語を喋らない保育園に向かって歩く小さな後ろ姿を見て胸を掴まれた想いになり

「母ちゃんも負けてられるか!!!」

と一念発起して、図書館の成人向け英語クラスのドアを叩くことに決めた。

最初のクラスで、

「このクラスの受講料はお金ではありません。あなたの努力です。しっかり支払ってください。」

という熱い言葉と共にスケジュールが配られ、一回でも無断欠席したら即刻アウトになる件を伝えられた。

同じクラスの20人の仲間たちは南米出身者が多いものの、私と同じく日本から来た人もいれば台湾の人もいるし、出身国はてんでバラバラ。年齢も若い男の子から60歳以上のご婦人まで十人十色だ。

何回かクラスを重ねていくと、静かだけど頭がキレる人、すぐ答えを言っちゃう人(しかも大抵間違ってる)、それぞれのキャラクターみたいなものが見えてくるのだが、共通しているのはみんなハングリー精神があるというか…ちょっと言葉が古いけど「ガッツ」がある、ということだった。

英語を上達させていいお給料の職に就きたい、看護師学校に行きたい、子どもの保育園の事務の人とうまく話したい(その気持ちよくわかる)、世界に発信するジャーナリストになりたい…それぞれが英語を上達させることにすごくハングリーで、だからこそ「一緒に頑張ろうぜ!」的な一体感が生まれているのだろう。

そしてその「一体感」の中心にいるのが、レベッカという在米歴20年のメキシコから来たおばさんだ。Zoomに入室する際はいつも「Hello! How are you?」と大声で皆にご挨拶。極力画面もマイクもミュートにしてる私とは大違いで、クラス直前まで元気にクラスメートと世話話をしている。Zoomなのに毎日お化粧バッチリで、大柄のイヤリングをギラギラ輝かせている。そしてなぜか、背景にはレオナルド・ダ・ヴィンチの「最後の晩餐」。

彼女がZoomに入ってくるだけでみんなが「待ってました!」と顔をちょっと明るくさせ、そのカリスマたるや、先生ではなくレベッカに質問する生徒まで続出している。

今日はそのレベッカとZoomのブレイクアウトルームで話す機会があったのだが、なんと今朝の4時まで働いていたという。地元の大学の清掃スタッフのスーパーバイザーで、アジア系、ラティーノ、ネイティブを引き連れて4棟のビルを清掃しているのだということは自己紹介で言っていたが、深夜シフトと両立させていることは知らなかった。さらに、このクラスに参加しているのは「もっと英語を上達させてマネジメントスキルを磨きたいから」だと言う。彼女は当たり前のように涼しい顔で話すが、朝は10時から英語のクラスに出て1時まで勉強し、4時には出勤し深夜2時まで働き、早朝4時に寝てまたクラスに出席…そんな生活を続けているのだ。

「コーヒーないとやってらんないわよ!ガッハッハ!」

とデカすぎるマグカップをぐびぐび飲みながら、懸命に先生に質問し、画面に食いつくように勉強するレベッカの姿を見て、なんだか私も頑張れそう!いや、一緒に頑張ってみせる!!とパワーがみなぎってきた。

レベッカだけじゃない。スペインで写真家として活躍しながら、アメリカでもチャンスを掴むべく英語を学びに来ているペレ。4歳の息子を育てながら、看護師学校に通うことを決めたトルコ出身のアマル。アメリカのエンタメ業界で活躍することを夢見てブラジルからやって来たカルミナ。私のクラスに通う誰もが、「自分の目指す場所」に向かって猛ダッシュしている。そこに迷いはなく、だからこそ清々しく、誰かが大きくコケたとしても笑う人はいない。ただそっと、手を差し伸べるだけだ。

お金もなく、英語も喋れず、アメリカにやって来た人々が集う、図書館の英語クラス。その支払いは努力のみ。格差が広がり、暗澹とする現代社会の中で見失われた「アメリカン・ドリーム」の原石は、もしかしたらこの多様性豊かな、底抜けに明るい英語クラスの中にあるのかもしれない…そんなことを思った。

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