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春の二人旅、直島、豊島

娘と直島に行ったのは2021年9月の事で、それ以来再三、「また直島に行こうよ」と言われ続け、それは直島で仲良くなった可愛いMちゃんとまた遊びたいから。だから軽く、「ああ、そうね、そのうちね」なんて言ってやり過ごしてきた。だけど子供の一年は長いのだ。間を置き過ぎたらMちゃんと娘はギクシャクしてしまうかもね、そんな二人を見たくないわ、なんて案じていたのもあって、思い切って春休みのギリギリ終盤に行ってきた。

何をそんなに思い切るんだよって感じだけど、私は旅の日程を決めるとき、異様に緊張するのだ。本当に大丈夫だろうか、本当にこの日でいいのか?と色んな交通手段(といっても飛行機か新幹線かってくらいだけど)、出発時間、様々なサイトで支払い一歩手前の画面まで進み、手に汗を握りながらフウウと軽くため息をつき画面を去る、を30回くらいやらない事には決心できない。31回目のため息くらいで、もう明日も旅行の事で検索しまくるのは疲れましたよ、とぐったりしながら、半ば自暴自棄になって深夜にEnterキーを叩く、というのがパターンだ。
 そんな私は、大学時代は休みといえば長期の旅に出るバックパッカーだったから、旅慣れている。しかし、あの頃は沢木耕太郎の『深夜特急』を読んでいたからなのか、そういう時代だったからなのか、なるだけ困難で面倒くさく、尚且つ潔いまでの貧乏くさい旅をして、無頼な自分を演出したかったのだ。宿の予約をしたことも無かったし、帰りの日を決めずに行ったこともあった。つまりあの頃は乗り換えの接続も、ホテルのチェックイン時間も気にしなくてよかったから、予約が楽だった。

 しかし最早私は退屈な大人で、しかも母親になってしまったのだ。遅くとも21時までにはどこかに到着したいし、夕食は19時頃に済ませたいし、乗り換えはスムーズでなければきつい。
 今回は考えに考えた無理のないスケジュールで、31回もため息をついたかいがあったというものだ。欲張って色々と立ち寄らなかったのも良かった。

18:00 東京発のぞみ博多行き 岡山泊

週末が仕事の私は、旅行はまず月曜出発で考える。普通は月曜出発で問題ないのだが、直島は月曜が休みなのである。直島が休みって何なんだよ、って思われそうだが、本当に全部休みなの。2013年に初めて行ったときも月曜で観光客は見当たらず、店という店が全部閉まっていた。人がいないがらんとした島を自転車で走ったら、たいそう気持ちがよかった。だからこれはこれでおススメなのである。

ちなみにベネッセハウスミュージアムは月曜も開いているので、これだけでも十分楽しめます。

直島では民宿に泊まることにした(ていうか、ホテルが全然ない)。早々に月、火の二日間で宿に予約を入れておいた。宿からの返信メールには、『月曜の直島はお休みなので、豊島観光がお勧めです』とコメントがあった。水曜に豊島に寄り、そのまま岡山へ出て東京に帰ろうと計画していたが、直ぐにそれをやめて、月曜に岡山から豊島に行くことにした。

でもちょっと待って、月曜朝に出発だとしたら、どう検索しても豊島に昼に着かないじゃん!と検索沼に陥ったのもこの部分である。豊島への船、豊島からの船は少ない。2泊3日の予定を、3泊で考え直し、日曜夜に岡山で1泊することにした。

9:30 岡山 ホテル出発
岡山駅からは宇野港へ向かうバスも出ているようだが、娘が車酔いするため電車で向かう。旅先で子供が吐くと色々つらく、何十年もトラウマになる(私のトラウマになるのよ)可能性もあるので、最善の策をとらねばならない。

宇野駅へ向かう途中、桜がきれい

船が出る宇野港は、岡山駅から地味に遠い。すごく遠いわけじゃないけれど、少し憂鬱になる程度には遠い。でも、春の陽ざしの中の見知らぬ土地の風景は、旅に向かう気持ちを高める助走のよう。

11:10 宇野 ー 豊島行き船 乗船 


船の乗り場。シンプルだから迷う事なし。宇野駅から矢印通りに歩いてすぐです。

11:50 豊島の家浦港に着く。でも降りない。なんとなく降りたくなるけど、降りない。
12:10 豊島の唐櫃(からと)港に着く。周りの人が降りないから不安になるけど、降りる。皆さん小豆島に行くのだな。

駅から出るとすぐに周遊のバス停があり、10分ほどで次のバスの出発の時間だ。
でも、豊島美術館への到着時間は徒歩もバスも変わらない。じゃ、歩くか。

ずーっと坂道を上るのだ

バスに乗るべきだった。

ちなみに、豊島にもレンタル自転車屋があり、皆さん電動アシスト車を借りて悠々と島を走っている。しかし残念ながら、子供用自転車のレンタルは無い。6歳までの幼児ならば子供用椅子が付いた二人乗り自転車に乗れるのだが、微妙な年齢の子供は難しい。

12:30 豊島美術館着

豊島美術館は予約制だ。確実に、もう絶対ちゃんと豊島に着くぞ、と確信した宇野で、オンラインでチケットを購入して予約をしておいた。
ちなみに、直島、豊島はだいたいどこでも子供の美術館入場料は無料のようだ。30分の予約枠の、12時半ちょうどに到着した私は、自分の地味で壮大な計画が、完全に成功を収めた事への達成感で胸が熱くなるのだった。

美術館に到着してもまだ歩くんだぜ

 

やっと美術館の入り口に到着

一組ずつ説明を受けて、美術館である洞窟に入る。まず全員靴を脱がなければならない。だからうっかり穴あき靴下を履いてきてしまった人は、ここでひと思いに靴下も脱いでしまう事をおススメする。

内部はこんな感じだよ

豊島美術館ってどんな感じ? って こんな感じ。写真も動画も禁止なのだ。ただただ静かに、コンクリの冷たさを肌に移し、陽の傾きや風の動き、鳥の鳴き声に耳を澄ます所。

といっても、子供と一緒なのでそう長くは滞在できない。
岡山で買っておいた昼食を、豊島美術館の外で海を眺めながら食べる。周囲に店も食堂もないので、何か持ってくるか、豊島美術館のカフェで買うかのどちらかになる。

13:50 豊島美術館前 ー 家浦港 バス

ちなみにバス停は豊島美術館の前に無い。まだでしょうか?と不安にさせる坂道を数分上らなければならない。バス停に並んでいた欧米の一人旅の年配女性が、息を切らせてやってきた男性旅行者に「すごく美術館から離れているからびっくりしちゃうわよね」と話していたが、日本人の私もびっくりですよ。

ちなみに豊島美術館からしばらく行くと、アートスポットがいくつもあるのだが、前回も行ったので今回はやめた。絶対に疲れすぎるし次のバスはまだまだ先だからだ(だから自転車があったら便利だなー)。

終点の家浦港の近くには、横尾忠則の横尾館もあるのでその周辺をうろうろ散歩して、船までの時間をつぶした。

家浦港で買ったアイスめちゃくちゃ美味しかった

15:10 豊島家浦港 ー 直島 本村港

直島までは20分。
東京ならば最寄りの駅から新宿までが15分くらい。20分なら原宿あたりかな、とか考えると、遠いのか近いのかよくわからなくなる。船での移動が非日常だから不思議だけれど、こっちに住んでいる人は通勤や通学で船に乗るのだ。

15:30 本村港 着

私の計画では宮浦港に着いて、そのまま予約してあるレンタサイクルで宿に向かう予定だったのだが、本村港に着いてしまった。しかし宿はすぐそこだ。古い民家がひしめく路地を娘と歩いていると、ひょろりとしたおじさんとすれ違った。私のIphoneは、もうすぐ目的地だと教えてくれる。すると、さっきのおじさんが戻ってきて、私に声をかけてきた。
「もしかして、予約の・・・」
おじさんは、宿のおじさんだった。

部屋を案内してもらうと、設備の説明に続き、おじさんは自宅まで私を案内し、趣味のゴルフセットの紹介に続き、庭のゴルフの練習の設備、そして畳の部屋の真ん中に置かれた大きなテレビを嬉しそうに私に見せてくれた。「ははぁ、最高ですねえ」とか相槌を打ちながら、この時間なに?とは思った。この後どうする?と聞くおじさんに、友達の所にまず行ってから宮浦港に行こうと思う、というと「行ける?場所わかる?」と数回聞かれたので、こういう時は「行けない、わからない」と答えた方がたいがい面白い。

私と娘は、さっき会ったばかりのおじさんと、友達がいる場所まで歩く事になった。ちなみにおじさんは一日15000歩をノルマにしているので、なるべく歩きたいという。

直島に新しくできた学童

商品の仕入れ先(magic tunnel)でもあり、お友達でもある人は、直島に素敵な学童をつくった。小学校、中学校、幼稚園が並ぶ一帯にスタイリッシュな真新しい建物が出来ていた。「おしゃれな学童でいいなぁ、通いたいなあ」と娘が言うから、通えばいいじゃん、なんて言ってみたけど、住んだらどうだろう、ここの小学校、中学校に通ったら娘はどうなるだろう、なんて考えてみる。住む場所は人格や性質に影響を与えるのかな。私は地方で育ったから、自分の娘が東京生まれ東京育ちになるのが、怖いのだ。

16:40 宮浦港 レンタルサイクル店

予約していた自転車を引き取りに宮浦港まで車で連れて行ってもらう。子供用の自転車の台数が少ないので、予約は早めの方がいいみたい。
最近は電動アシスト自転車が主流なのはわかっていたが、私ばかり電動にするのはフェアでは無かろう、と普通のママチャリを借りた。どうして?というくらいにボロボロの車体である。
そして、本村までの坂道を上り、途中、島に1軒だけの貴重なコンビニであるセブンイレブンに寄る。島のセブンイレブンは21時で閉店してしまう。

宿に戻るとおじさんが出てきて、夜はどうする?ご飯大丈夫?と聞く。夜は友達と海岸で食べることにしていたから、おじさんにそう説明すると、え?本当?それでいいの?大丈夫?とおじさんの心配を増幅させてしまったようだ。でも大丈夫大丈夫。それに、おじさんのメールのアドバイスもあったから、カップラーメンやスープを沢山持っているので安心なのだ。

夕方の黄色いカボチャ方面

寒さに震えながら海辺でカップラーメン。静かな海。荒くて深い太平洋を見て育った私は、静かな瀬戸内海に憧れる。2021年に来たときは母が生きていたから、「直島よかったよ、住んでみたいな」と話した。どこかに行きたい、あれもこれもやってみたいという私に、いつだって母は渋い顔をしていたのに、その時「行きたいところに行ってなんでもやりなさい」と答えた母に少し驚いた。思っていても出来ない事ばかりだし、迷っているうちに年を取ってしまうんだな、と 私はもうちゃんとわかっている。わかってしまって悲しい。

9:30 宿 ー ベネッセハウスミュージアム

2021年は波にさらわれて無かったカボチャが復活してた

宿のおじさんが本日の15000歩を消化するためか、なかなかの距離を送ってくれての出発。しかし自転車で行けるのは結構な手前までで、そこからはかなり歩かなければならない。ベネッセのシャトルバスに乗ったらやっぱり楽だったな、と今にして思う。

ヴァレーギャラリーも入館料に含まれています

山をてくてく歩き、ヴァレーギャラリーへ。道に点在する桜から望む海が美しい。

李禹煥美術館は屋外展示だけでも楽しいよ

2022年に国立新美術館の展覧会も見に行ったので、李禹煥美術館まで足を延ばした。六本木で見たあれもこれも、直島の風景の中にあるとすとんと腑に落ちるものがある。すごく不思議だな、と思う。こんなに不自然なのに、なんでこんなに気持ちがいいんだろう、と。

直島限定コチャエ折り紙の船

ミュージアムショップにはコチャエさんデザインの限定グッズがずらり。私も娘もコチャエさんファンなので、あまりにも可愛い、天才が過ぎると絶賛しながら、折り紙を買ってあげた。直島にも岡山にもコチャエさんだらけ。前回はコチャエの軸原さん宅に寄らせてもらって、庭でバーベキューしてもらった。また行こうよ、元気かなあ、会いたいなぁ、と始終娘が言うものだから、三日間ずっと軸原家の事ばかり考えていたような気がする。

17:35 直島 ー 宇野

お友達と宇野でご飯。船に乗ってまで夕食?と思うけど、20分で着くのだ。港から徒歩すぐの所の店を予約してもらっていた。手の込んだ美味しい夕食。

20:25 宇野 ー 直島

宇野から出る船は00:35が最終のようだ。最終電車みたいだな。
20時25分の船は客もまばらで、がらんと広い。

9:00 本村周辺

今日はどうするの、と聞く宿のおじさんに、とりあえず荷物だけ置かせてもらって午前中は本村の家プロジェクトを周ると説明をする。

「石橋」は石橋さんの家
大竹伸朗さんの「はいしゃ」

宿のおじさんは小さい頃この歯医者に通っていて、「昔は麻酔なんてかけてくれなかったから、痛くて怖くて前の晩は眠れなかったよぉ」とのこと。
今の大竹伸朗の世界が強烈だから、ホラー漫画みたいな恐ろしい歯医者を想像してしまう。

おじさんに、「また来ますね」と別れを告げる。

12:45 直島 ー 宇野

寒いけどデッキが好き

自転車に乗り宮浦へ。月曜から三日間借りていた自転車を返却する前に、セブンイレブンでおにぎりなどを選ぶように言ったのに、娘はアイスを選んだ。

雨がぽつぽつ降りはじめた。船が港を出ると娘はホクホク笑いながら、これがやりたかったんだと、海が見下ろせる椅子に座り、溶け始めていたアイスをとうとう口に入れた。船の上でアイスを食べる、というとっておきのタイミングを計るほどに娘は大きくなったし洒落てもいる。
「へぇー、いいね」なんて言って私はおにぎりを食べたけど、実際本当にすごくいいねえ、と思った。私のおにぎりの海苔の破片が、風に吹かれて海の上を舞って行った。

16:20 岡山発のぞみ 東京行き

時間はたっぷり余っているけれど、雨が本格的に降っている。でも駅ビルにが充実していて、全く持て余すことはなかった。

初めて岡山に来たのは10年前だった。あの時、何もないと思った覚えがある。どんな駅だったっけ。でも確か、こんなではなかったはずだ。あの時初めて直島に行き、自転車を漕いだのが無暗に楽しかった。また絶対すぐに来ようと思ったのに、なかなかそれが叶わなかった。21年は娘が自転車に乗れなかったから、同じ坂を自転車で上るのに結局10年もかかってしまった。

これから先の10年はどうなっちゃうんだろうか、と思う。
私はこの10年で、随分と臆病になってしまった。

娘がまた直島に行きたいと言っている。早く行かないとMちゃんがどんどん大きくなってしまうから、と言う。確かに、Mちゃんすらりと背が伸びて、ちょっと見なかったら大人になっちゃいそうな成長っぷりだ。早くしないと、と私も焦る。おいて行かれないように、追いつくように、でも何に?

今年の夏にも行きたい、と娘は言うけれど、次は来年かな。
そしてきっとまた、同じ宿に泊まるつもり。


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