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【小説】SNSの悪夢

調停員の言葉に口が利けなかった。

『モラハラ』って何なんだ、自分で俺が信じられなくなって出て行ったんじゃないか。

心の中には反論が渦巻くが、ここで大声を出すのが良くないと言うのは子供でも分かる。

コホンと咳をして弁護士が反論しだす。

「モラハラって言われますが、不倫の噂が出るまでは、奥様は一緒に居たんですよね。」

「そうらしいですね。」調停員が当たり前だと言いたげに答える。

「その時に、そんな話は何も出なかったんですよ、それに不倫だと書かれて、奥様がSNSで批判したのも分かって居ます、毎日顔を見ている人間をSNSで叩いたんですよ。」丁寧に感情的にはならずに言葉を紡ぐ。

流石に弁護士だ、自分だったらあんな返しは出来ない、見ながら、もし弁護士の役が来たら、こうするのかなどと、気楽に考えていた。

「それがねー、奥さんはこの騒ぎの前に既に離婚を考えつつあったらしいんですよ。」溜息を付きそうな顔で、調停員が言う。

「でも、そんな話は無かったんですよ、ね。」弁護士がこちらに顔を向けて、同調する様に声を出す。

「聞いた事は無かったです、自分としてはそれなりに仲良く暮らしていたと思っています。」自分で言葉を返した。

「でもね~、旦那さん、奥さんはそうは思っていなかったんですよ、私もね聞いた時には、ずっと無視するなんてモラハラだと思ったんですよ、ねえ先生。」隣の調停員に同意を求めながら、話してくる。

弁護士も困った顔で、自分を見て『そんな事が有ったんですか?』と言いたそうだ。

「私は仕事で集中すると、言葉は少なくなっていったかも知れませんが、無視をした訳では無いです、無視だと思ったのなら、もっと話して貰わないと。」何を言っても言い訳になる。

勝手に出て行ったのはあっちの方で、自分は被害者だと思っていた、イヤ被害者の筈だ。

何故ここで責められなければ為らないんだ、責められるべきはあいつの方だろう。

何時の間にか唇を噛んでいたのか、口の中に仄かに鉄毛の味がして、歯で傷を作ったのが解かる。

弁護士が自分の顔を見て、「血が出てますよ。」と声を掛けてくる。

しまった、自分は役者なのに、自分の表情も管理できていない、修行が足りんな、頭に呟く。

「奥様の主張は解りましたが、こちらとしては何も言わず出て行って、夫婦関係を破綻させたのは、彼女だと思っています。」弁護士が語気を強めた。

「そう言うと思っていました、奥様には伝えておきますね。」調停員はにこりともせずに返してきた。


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