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問いかけ

毎日何かを書く事をし出してから、自分って何だろうと考えたりする。

毎日とか全ての時間とかを考えに費やしているのではない、椅子に座ってゆったりする時なんかに、ふと考えるのだ。

自分が何なんだろう?

何の為に生きていて、何を残して死ぬのだろう?

自分に対する問いかけは、頭の中の引き出しを開けるとぴょこんと飛び出してくる。

普段はそれを無理やり引き出しに押し込んで、日常を続けているが、ふとした時間に疑問が湧く。

猫のツナ君を見ていると、彼は生きる事に悩んだりしない、きっと気分良く家に居られたら、それが意味なのだろう。

だけど、私達にとってみれば、彼が家に居ると居ないではまるで違う、世界が違って見えるほどの存在感がある。


おねむりツナ君

生きているだけで価値が有るのだ、本猫は意識はしていないだろうけどね。

それに比べて私は如何だ、ここまで62年生きてきて、何を成し得てきたか??

せいぜい4人の子供を産んで育てたくらいしか、他人に誇れる部分は無いような気がしている。

子供の時から近所に同性の同じ年の従姉妹が居て、比べられてきたのも影響しているのかも知れない。

他の子供よりも体が弱くて、同じ月例の子供と同じ事が出来なかったからかも知れない。

それよりも、中学時代に読んでいた本の影響なのかも知れない、その辺も解らないが疑問が自分から去る事は無い。

たぶん他人にこんなことを言うと、中二病じゃ無いですか、とか言われるかもしれない。

今の時代はそうやって茶化した方が生きやすいからね。

でも、君たちはどう生きるかって映画も、相当な人が見ているのだから、生きる事に悩んでいる人は多いのだろう。

私は基本的に死なないから生きていると思っている、私は偶々この星のこの国に生まれて、病気がちだった身体を強くして、今も生きている。

自分の中では自分が生きていない方が良いのか、生きていく事で何が出来るのかと考えながら、自死は選ばなかった。

これは偶然では無く生きて行くのを自分で選んだ結果なのです。

私が生まれ落ちたこの世界は、辛くて悲しい時間も、嫌になる事柄も、山ほど詰め込まれている場所だ。

誰かに何で此処で生きて行かなくてはならないの??と聞かれたら、きっと言葉に詰まってしまうだろう。

実際に次女が鬱で、もう死にたいというのを、言葉や体で表現した時に、私は私の理由しか答えられなかった。

「あんたが死ぬのは、あんたの自由で私は止める事は出来ない、だけどね私は生んで育ててきて、あんたに生きとって欲しいし、大人に成って欲しいと思っている。」

これは本当に私の自己事由になる、だって私自身も昔死んだ方が良いのかも知れないと思ったことがあったからだ。

人間は生まれた時から死に向かっていると言ったのは、池波正太郎氏だったのか、瀬戸内寂聴氏だったのか。

どちらもかもしれないが、誰もが生まれた時から死に向かってカウントダウンが始まって、何時になるかは分からないが、終わりを迎えるのだ。

人間の生物学的な死は解かり易い、きっと医者が居て、基準に則って身体を調べれば、そこで死んだと解るからだ。

人間は生物なのだから、人間の生はそこで終わる、泣いても笑ってもそれで最後だ。

きっと誰もが考えるのだろうが、その生物的な死に直面した時に、やっと自分がこの世界に生まれてきた意味やこの世界で成し得てきた事を考えるのだろう。

現実的な事象を言うなら、きっと人間が生まれて死んでいくのは、たいして意味が無いのかも知れない。

地球上に沢山いる動物、植物、虫、細菌、と同じくらいの意味しか世界には与えないのかも知れない。

だけどよくよく考えると、この世界に細菌や虫や動物や植物位には意味がある存在でもある。

だから何???それが如何なの???

そう言われるかもしれない、けれど自分が生きている、生まれてきた意味や価値は自分にしか判断できない。

人間はそんな自分を受け入れるしかない。

人は生きていると、評価されることがある、「あの人は凄いね。」と言われると気分が良くなるだろう。

だけど、それと同じくらいに、悪い評価をされることも有る、自分には納得できない悪口が語られたりする。

人間は多面体だから、それから逃げる事は出来ない、全てが自分で見る人の立場から見え方も変わって来るからだ。

この世界は見たくない位汚い部分や、哀しい場所が在って、人間は1人ではそれに対応できない。

生きて行くとそこに絶望したりもする、でもこの世界はそれ以上に美しい、そう、この世界には思った以上に美しいものが溢れているのだ。

ツナ君はその美しい世界も、汚い世界も知らない、知らなくても人間に優しい気持ちを与えてくれる。

彼もまた美しいのだ。


布団が好きなツナ君

何故生きるか、どう生きるかはきっと死ぬまで、いや若しかすると死んでも解らないのかも知れない。

それと同時に自分が何なんだろうという問いも、きっと死に直面してからも解らないんだろう。

私に解るのは、この世界には美しいものや時間が有るという事だけなのだ。



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