私の中に残っていくもの

彼と最後に行ったのは、夏の海だった。

その日も、いつもと変わらず彼は隣で嬉しそうにしてて、二人とも大好きな海を初めて一緒に見に行こうって日だった。

きれいな海が大好きで、沖縄の離島にしょっちゅう一人旅してる海ブルジョアな私。

その日は薄曇りで、ましてや関西の外れの内海。

海を見るには絶好の条件ではなかったけど、彼が隣にいて見る海は、それだけでもう胸がいっぱいになった。

もう、私はこれ以上の幸せはないな、って二人の時間をこれ以上ないくらい、かみしめてた。

間違いなく、ここ数年で一番幸せで穏やかな夏の日だった。


その日が、最後になるなんて、この時は1ミリも、0.001ミリも想像してなかった。


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彼から突然、別れを告げられたのはそれから2週間後。それもラインで。翌日会う予定の打ち合わせをしようとしていたところだった。

私の人生で、この時ほど晴天の霹靂、寝耳に水って言葉がぴったりくるときはなかったと思う。

「別れた方がいいのかなって思ってる」

「さっちゃんは悪くない、すべて俺の問題だからね。」

私は常々、人間関係、こと恋愛については、片方がダメとなったらもうその関係は終わりだと思ってきた。二人の同意があってこそ成立するもの。

ましてや、恋愛は婚姻関係のような拘束力もないのだから、両方の想い合う気持ちだけが唯一、関係を続けるための唯一無二の必須条件だと思っている。

だから、その時点で内心、終わってしまったんだな、って納得するしかない自分と、それでも事実が受け止められない自分とがいた。

あんなに好きでいてくれたのに??結婚後の話までしてたのに??

理由をあれこれ聞き出そうとしたけど、彼の言葉はどれもこれも、私にはぼんやりしていて、はっきりとは真意はわからなかった。

しかしもうこの話が出た事実を、受け入れるしかなかった。

お互い一目惚れで、運命のように電撃的に惹かれあい付き合ったけど、終わりはこんなにもあっけないものだった。

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それから2か月たたない頃、本当に偶然、ばったりと彼に街で遭遇した。

住んでいる場所も他府県だし、生活圏も日常動線も違う。

もう一生会うこともないだろうけど、万が一いつか再会することがあったときは、この別れの真相を聞きたい、と思っていた。

それが、こんなにも早く来るとは、正直たじろいだ。

ラインでの別れ以来だったので、ご飯を食べながらゆっくり話すことにした。

「彼女としては楽しいし気も合うし、できることならこのままずっと付き合っていたいと思う。でも結婚となると二の足を踏んでしまった。年齢もあるし、だらだらしてはいけないと思った。先のこととか考えなくていい学生時代とか、20代前半とかで出会ってたら、もっともっと長く付き合うカップルになってただろうね。」

やるせなさと諦めと、どうしようもなさが混じる、悲しくも同意の意見だった。

当たり前だけど、そこには付き合ってた頃の彼とは違う、恋人の距離感ではなくなっている彼がいた。

かつては恋人同士でも、今はもう、特別な人ではなく他人なのだった。

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それから2か月がたったころ、なんの脈絡もなく、ふとこちらから連絡することがあった。

別れて未練たらたらで、連絡する機会をさんざん伺った末の決死の連絡、とかそんなんでは全くない。

全然そんなことしようなんて考えもしてなかったのに、ふととりとめのない内容を送ったのだ。なんでそんなこと思い立ったのか、自分でもわからない。

怖いもの見たさ(聞きたさ?)で聞いてみた。やめときゃいいのに。

「最近、付き合い始めたんだ。」

私の時は、一目惚れで「好きー!」だったそうだけど、今回は「好きっていうか、これから好きになれるかも?くらい」とか。

「二の足踏まずに、結婚したい!と思える人を探したい」。

別れた時こう言ってた彼の旅は、思ったより低空飛行で始まっているらしい。


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もうすぐ別れてから5か月になろうとしてる。

終わりは、(友人の言葉を借りると、ラインで別れを告げるなんて)”最低な終わり方”だったので、私もだいぶ傷ついたのは事実で、最後の最後で彼の人間性に疑問が残ったところもあるんだけど。

ただ、反面、すごく幸せな時間をくれたことも事実で。

私にくれたたくさんの言葉、好き合ってる者同士特有の照れるような眼差し、二人で共有したあたたかい時間。いっぱい作った未来への約束(その大半は叶わなかったけど)。

彼はすごく大切にしてくれていたし、愛されてる実感も安心感もあった。

当時仕事でしんどいことが続き、自分に自信を失いかけてた私に、

「さっちゃんにどうなってほしいとか本当になくて、そのまんまでいてほしい、さっちゃんの根っこの部分が一番大好きだから、枝葉の部分がどうであっても、好きな気持ちは何も変わらないよ。」

私のありのままを全肯定してくれたことが本当にうれしかったし、心から救われた。

普段周りから容姿を褒めてもらうことは多い方なのだけど、そんなことより何百倍も何万倍も、彼のその言葉は嬉しかった。

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別れた男なんてクズ以下!って友人も多い(てかほとんど?)けど、私はそうは思わなくて。(もちろん、浮気されたとかもっとひどいことされて別れたとかなら別だけど。)

一時期でも人生の限られた時間を共有して、一生懸命大切に想ってた相手を、そしてそんな自分を、大切に人生の輝跡として心にしまっておきたいと私は思う。

傷ついたことも事実、幸せな時間をくれたことも事実。

いい思い出だけを残して(きっと、嫌だったり辛かったことは人間忘れるようにできているから)、振り返ったときにキラキラした思い出が自分の中に残ってたら素敵だなと思う。

おばあちゃんになって、人生を振り返ったときに、キラキラしたもの(もちろん恋愛以外にも)がたくさん残ってる人生にしたいな、と思う。

キラキラは、これからも私の中にあって、これからの私を作る要素のひとつになっていく。

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夏の思い出

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