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特典の多い銀行

その銀行は、とにかく特典が多い。

口座開設時には世界に一つだけのメンバーズカードがもらえる。
開設から一年経つと、記念の鉛筆がもらえる。

さらに、引っ越したらバスボムがもらえるし、
子どもが生まれたらペロぺロキャンディーがもらえる。

なんと、口座を維持したまま五十歳になったら、肩たたき券までもらえるそうだ。

「お得でしょう?」

目の前の若い営業マンがにこやかに言う。

「特典はいいが、手数料とか利息とか、そういうのはどうなってるんだ」

彼が言うには、手数料は基本的にかからない。
利息は、笑顔と「ありがとう」がもらえる。

「こういうのは、心の貯金として、いくらあってもいいものですからね」

いけしゃあしゃあと言い添える営業マンに、嫌気がさしてきた。

まったく、ばかげている。
そんな銀行に、誰が金をやるものか。

いら立ちを隠せない私に、首をかしげて彼は続けた。

「しかし、現金でお持ちになるよりは、せめて特典が付いた方がよろしいかと思いましたのに」
「おまえ、客をなめてるな。銀行ってのは、増やして引き出す前提で預けるものなんだ」
「ええ、ですから特典が……」

はあ、とため息をつく。

「正直言って、預けたが最後、おたくの銀行から現金を引き出せるのかが全く持って疑問なのだが」
「そんな、もちろんできますよ」

満面の笑みで即答する営業マン。

「子ども銀行券でお返しします」

最近は、小学校でもマネー教育とやらが流行っているらしいが、余計な入れ知恵をしてくれたものだ。

お小遣いの前借りのために、こんなにややこしい交渉を持ちかけられるなんて。

十歳の営業マンはまだしゃべり続けている。

「それで、いくらお預けになりますか? 月額500円かける、一年分を一括払い。あるいは五年分。長期でご契約になると、さらにサービスしますよ」

私は渋々と財布を出した。

「もういい、もういい。今月と来月の二か月分、とりあえず持ってけ」
「二か月分では特典をつけかねますが」
「いらん」

息子はニヤリと頬を釣り上げて札を受け取った。

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