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出来すぎたロブスター

パシャリ。

撮った写真をスマホの画面でチェックする。
色よし、アングルよし、背景よし。
真四角に切り取ってSNSにアップした。

【今日の晩御飯は特別メニュー!】
【ロブスターをまるごといただきます】

真っ赤に茹で上がったロブスターの写真をアップすると、途端に「いいね」がつく。

【すごーい! ご自身で調理されたんですか?】
【美味しそう♡ さすがミキさんです!】

瞬時にフォロワーからコメントが付く。

ふふふ……
冷凍ものを温め直しただけだけなのに、みんな喜んじゃって。

見知らぬフォロワーにチヤホヤされるのは気分がいい。
私のことがみんな大好きなんだもの。

みんなみんな、騙されている。
SNS上の女王様キャラの私が、本当は安アパートに住むぼっちの派遣社員だなんて、誰も知らない。

このキャラを確立するまでに、相当努力した。
少ない給料を削って外見を磨いたし、スマホも高画質の機種に変えた。
SNSにアップする用の豪華な食事は、週三回まで。
それ以外は白飯とみそ汁だけだから、簡単に痩せて一石二鳥だった。

そうやって、私は絶対の地位を築いたの。
フォロワーを維持するために毎日投稿しなくちゃいけなくなったけど、みんなにチヤホヤされるのは最高。

現実の私も、こんな風に女王様みたいになれたらいいのに。

さて、ロブスターをいただきますか。
こんなもの食べたことないから、どこからむくのか分からないわ。
この辺でいいかしら……

ちょん。
ぶるっ。

「え?」

思わず声に出た。
今、ブルって動かなかった、こいつ?

ちょん。
ぶるぶるっ。

「あの、くすぐったいんですけど」
「ひゃぁぁぁぁ!」

ロ、ロブスターが、、、喋った!!!!!

「そんなにビックリしないでください」
「あんた、何なの!」
「ロブスターですよ」
「あんた、一体、いったい……」

言葉にならない。
ロブスターは、目をじろりとこちらに向けて生意気に言った。

「ロブスターです。あの、僕を食べないでほしいんです」
「げ、あんた、なに言ってるの」
「食べないでくれたら何でもしますから」

何なのこいつ。
いや、実際、喋るロブスターなんて気味が悪くて食べられないわ。

「何でもって、なによ」
「お姉さん、いつもひとりじゃないですか。話し相手になりますよ」
「要らないわよ!」
「うーん、そんなふうに断られると悲しいなぁ。じゃあ、そのスマホを貸してください。お姉さんのキレイな写真を撮ってあげますよ」

私は考え込んだ。

実は、私はSNSでひとつだけ悩んでいた。
フォロワーが増えるに従い、ストーカーまがいのメッセージが来るようになったのだ。

【ミキさんは彼氏いるんですか?】
【今週末会いませんか?】

執拗に予定を聞き出そうとする輩がいる。
彼氏がいるように装ってはいるけれど、いつも写真は自撮りだけなので説得力がないのだろう。

かといって、SNS映えする写真を撮ってくれるようなリアルの友達もいない。

ロブスターは私をじっと見ている。
こいつが写真を撮ってくれるですって?

「できるものならやってみなさいよ」

だけど、汚さないでね。
その台詞を飲み込みつつ、スマホをロブスターの前に置いた。
(まあ、茹でて冷凍処理済みの奴だから雑菌とかはいないだろう……)

ロブスターは皿の上でくるりと向きを変えると、私に向かってスマホを構え、そして……

パシャリ。

撮った。
嘘くさいほど簡単に撮った。

スマホを取り上げて私は写真を確認する。

色よし、アングルよし、背景よし。

嘘くさいほどきちんと撮れていた。

「どうです? なかなか悪くないでしょ」
「あんた、どこでカメラなんか習ったの」
「お姉さんのアシスタントとして雇ってもらえませんか。ね? 食べちゃうよりいいでしょ」

私は考えた。
これで自撮り以外の写真を増やせば、ストーカーの輩も落ち着くのだろうか。
試してみてもいいかもしれない。

「あ、それからひとつだけ、お願いがあるんですけど」
「食べないでいてあげたのに、まだ何かあるの」
「あの、僕を水に入れてほしいんです。バケツとかで構いませんから。ちょっとだけ塩を入れてくれるとありがたいです」

私はバケツに塩水を張って、ロブスターを入れてやった。
ふうう、と彼は気持ちよさそうに吐息をつく。
茹でられてさぞかし熱かったのだろう。

それから私は、ロブスターに写真を撮らせることにした。
彼の撮影センスはなかなかで、私の写真どころか料理や風景の写真すら上手に撮った。

さらに、投稿のキャプションも書けることが分かり、私はSNSの投稿を彼にまるごと任せるようになった。

私はというと、稼ぎのいいロブスターを映えるスポットに連れまわし、家では水槽を買い、餌を与え、日々お喋りをして過ごすようになった。

当初はSNS上で彼氏偽装をするはずだったのだが、ロブスターとべったり過ごすのはあたかも本当に彼氏がいるみたいだった。

ロブスターが来て一カ月ほどが経ったある朝のこと。
二回も脱皮して大きくなった彼は、どこかぐったりしている。

「どうしたの? ロブ」
「ミキさん。僕、そろそろダメみたいです。このところ暑くて」

ロブを迎えたのは五月の始めだった。
今は六月に入って気温が上がり、蒸し暑い日が増えていた。

「水槽に入ってるでしょ」
「ちょっとでも水温が上がると、どうしても、茹でられた時の記憶が戻ってくるんです」

私はロブの水槽に氷を入れた。
ロブは気持ちよさそうにしていたけれど、水槽から出てスマホを触る時の動きが明らかに鈍っていた。

だけど、これは彼の仕事だ。
食べないであげたんだから当然、やってもらわないと。

「ロブ、昨日の投稿、キャプション途中で終わってるわよ」
「ああ、すいません……」
「仕事なんだからちゃんとやってよね」
「ミキさん、僕、もうダメなんです……」
「何言ってるの」

ロブは翌日、スマホを触ろうともしなかった。
夜寝る前に声をかける。

「投稿を一日でも休んだらフォロワーが離れていくの。今晩中に上げておいて」
「ミキさん」
「いいわね? 明日できていなかったら許さないから」

私は寝室のドアをバタンと占めた。

翌朝。
静かな朝だった。

静かすぎるほどだった。
水槽に空気を入れるポンプのブーンという音すらしない。

私はリビングに行き、いつも通りロブに話しかける。

「おはよう。あんた、昨日はちゃんと投稿して――」

私は言葉に詰まった。
何かがおかしい。

ロブがおなかを上に向けてひっくり返っている。

「ロブ」

水槽に顔を近づけてみると、ロブはピクリとも動かなかった。
かすかにバチバチッという音がする。

スマホが水没していた。

ロブは昨日、投稿しようと水槽から出てきたのだろう。
だけど、身体がしんどくて水槽に戻ったのかもしれない。
そして、うっかりスマホを持ち込んだ。

ロブは感電死していた。

その日、私のSNSは更新しなかった。
三日たっても更新しなかった。

ロブが死んだからだけではない。
スマホが壊れたからでもない。
自分で更新しなくなったから、写真の撮り方やキャプションの入れ方を忘れてしまったのだ。

それに何よりも、初めてできた彼氏を限界までこき使い、死なせたことに私自身がショックを受けていた。

いつの間にか現実の私も、SNS上で装っている女王キャラになっていた。

私はSNSをやめた。
映える豪華な食事の代わりに、毎日きちんと食べることにした。

だけど今でも、エビやカニの類は食べられない。

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