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創作大賞2024恋愛小説部門応募作「青い海のような、紫陽花畑で」5話



その朝、
リズとジェレマイアは砂浜に
座っていた。
少し曇り空の下、海の光も
ささやかに。

ただふたりで、砂浜に座っていた。
恋人たちのようでもなく、
連れ添った夫婦のようでもなく、
兄妹のようでもなく。

心と身体と魂がひとつになっていても
未来が見えないふたりだった。

「何を考えているの?」

リズはジェレマイアの顔を覗き込む。

「思考停止。」

ジェレマイアは言った。


「覚えている?恐竜を探しに
行ったこと。」

「覚えているさ!
七面鳥を飼っているおじいさんの
家の裏庭にこっそり入って。」

「恐竜じゃないってわかっていた
けれど、探しに行ったのよね。」

ふたりは懐かしい思い出を語りなから
無邪気に笑った。

「いつも一緒だったなぁ。」

「気が合ったのよ、私たち。」

ふたりは顔を見合わせて笑った。
まるで10代のように。

リズの、薄いブラウンの瞳を
見ながら、ジェレマイアは言った。

「あの頃には想像もしなかった。
リズはもう、母親なのか。」

「テディはジェレミーに似ている。
男の子は優しいのよ。
イリスは私に似ている。
気が強くて拘りがあるの。」

子供たちのことを話す時、リズの
愛情深さをジェレマイアは感じた。

「もう、迎えに行く時間じゃないのか。」

ジェレマイアの言葉にリズは心が
痛んだ。

「後悔している?」
リズの問いかけにジェレマイアは
首を振った。

「いや。昨夜のことは後悔していない。
むしろ、4年前にどうして君を
ブライアンの元へ行かせたのか、と
自分に落胆しているよ。」

リズはジェレマイアの肩を抱いた。

「愛はどうして絡まるのかしら。」

リズは呟いた。

「僕は結婚できないよ。
教授のお嬢さんと夫婦にはなれない。
愛がないのに。」

「私を責めているの?
あなたへの愛が不確かだから
ブライアンと結婚した私を。」

ジェレマイアはリズを見つめた。

「やめよう。今度、いつ会えるかわからない
のだから。」

その言葉にリズは静かに頷いた。

「戦争が近いって噂があるわ。
知っているでしょう?」

ジェレマイアはリズの肩を引き寄せた。

「戦争が起きて、私がいなくなったら
私は楽になるわ。海に還りたい。」

「テディとイリスが悲しむよ。」

「ジェレミー。
誰かと結婚して。ひとりなんて
寂しいわ。私、心配になる。」

「よくわからないよ、その考え。
愛もないのに。」

「また私を責めているのね!」
リズは感情的な言い方をした。

「ちがうよ。」

そっけなくジェレマイアは言った。

リズは涙で潤んだ瞳でジェレマイアの
手を取り言った。

「ありがとう。
私の思いを受け入れてくれて。」

そしてリズは手を離し、走り去ろうとした。

「リズ、もう会えないみたいに言うなよ。」

ジェレマイアはリズの細い腕を掴んだ。

今、この時の、
抱擁と口づけは別れのためではない。
けれども、別れてしまった方が
もう会えない方が
楽ではないか、とジェレマイアは
思っていた。
そして会えなければ会えないほど
もっと狂おしくなる。

愛はなぜ、絡まるのだろう。



リズが行ってしまうと
日常がただ重なるだけの、
感情の乏しさにジェレマイアは
辟易しながらも
それを動物の医療に向かうことで
自分を支えていた。

6月の、あの夜から
海辺での別れ、
そして季節は晩秋の紫陽花を
咲かせた。
その色は鮮やかに深い、海のような
青とは違う、エルダーベリーより
薄い発色の紫色だった。

子供の頃、リズと森に遊びに行き、
エルダーベリーを摘んだ。
リズのワンピースにエルダーベリーの
汁が溢れ、母に叱られてしまうと
不安なリズの手を引いて、
裏口からこっそり家に入った。
それでも、結局、リズは母にワンピースを
汚したことを叱られてしまうのだが、
ジェレマイアは
リズのために何かをしたかった。
リズを護り、傷つかないようにしたかった。



冬の海は仄暗い中に、
光を内包しているように見えた。
その海を眺めながら
ジェレマイアは人生の困難さを
思った。
でも本当は困難さえも光なのかもしれない。

ジェレマイアは封筒を開く。

軍医として出征を要請する、と
記してあった。

それは志願であった。






















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