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施設での学び

 いつも勉強させていただいている教育系のブログに、高齢者が入居する施設で医学生が学ぶためのガイド、という内容の文献が紹介されていました。

 私が初期研修を受けた佐久総合病院では、2年目になると8週間の地域研修があり、南佐久の地域を中心に病院・特別養護老人ホーム・老人保健施設・介護居宅事業所・訪問看護ステーションなどで研修します。病院での研修も並行しつつ、様々な場所で利用者さんと共に過ごしたり、スタッフの方と一緒にケアを行ったりします。この文献を読んで、まず思い出したのが、この南佐久での研修でした。

佐久総合病院の地域研修

 佐久総合病院の研修というと、1年次の早い段階から「総合外来」での研修を行い、初診の患者さんの診療にあたることが特徴的です。
 プライマリ・ケアにおける近接性(気になることがあればまず相談できる地域の窓口としての機能を理解する)、協調性(診断・治療のために院内外問わず必要な専門科や医療機関に紹介しその後の経過も追っていく)、包括性(受診のきっかけとなった主訴以外のことへも考慮する)などを意識した外来研修となっています。

 個人的には、2年間の初期臨床研修で、この南佐久での地域研修は大きな影響を受けたものの一つだと思っています。

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馬流橋から臨む小海分院

 小海分院という99床からなる地域の中核病院をハブとして、小海分院での外来・病棟研修をする日もあれば、地域の様々なところに終日出向いて過ごす、という2ヶ月間の研修です。
 特別養護老人ホームや老人保健施設では、施設に一人で出向いて利用者さんたちとレクレーションに参加したり、スタッフの方とともにケアのお手伝いをさせてもらったりしました。居宅介護支援事業所や訪問看護ステーションでは、ヘルパーさんや看護師さんの訪問に同行させてもらい、患者さんの自宅で生活支援を一緒にさせてもらいました(ヘルパーさんから「先生、何か食事作れる?」と聞かれるものの、人様に作れるような料理のレパートリーもなく、食事の準備ではなく掃除をさせてもらったのを思い出します…)。

 このような病院の外で研修をさせてもらった後、病院に戻って指導医の先生とその日のことを振り返り、フィードバックをいただいていました。小海分院の外来や病棟で出会った患者さんが、施設や自宅で過ごしている姿を見ることもしばしばで、病院での様子とのギャップに驚いたことだとか、南佐久の医療介護連携のシステム全体として感じたことだとかを、指導医の先生と振り返る。これを繰り返すことで、南佐久という地域のことを学ぶ研修になっていたと思います。

高齢者が入居する施設で医学生が学ぶためのガイド

 さて、オーストラリアから発信された上述の文献は、施設で医学生が学ぶにあたってのアウトカムや評価すべき医学的問題点を示してくれています。
  施設において医師が最適なケアを提供するには、施設独特の背景を理解することが重要であると指摘しています。日本でも同様だと思いますが、オーストラリアでも施設で医療を提供しているのはいわゆるベテランの医師であり、施設入居している高齢者のケアにあたる医師が今後不足するのではないかと懸念されています。施設独特の背景を理解しつつ、将来的に施設居住者のケアにあたってくれる医師の養成を意識して、医学生のうちから学ぶ機会を提供する、という取り組みがなされています。

学習アウトカム

▶︎虚弱な高齢者の包括的な評価を実施し、その人のケアの目標に向けてケアの設定と利用可能なサービスに応じた計画を立てられる
▶︎フレイルな高齢者のマネジメントについて詳述し、ケアを開始し、その後のフォローアップができる
▶︎高齢者の健康上の問題や目標について、その家族や介護者などとコミュニケーションを図ることができる連絡を取る
▶︎様々な領域のスタッフと連携して、フレイルな高齢者のケアを最適化できる
▶︎チームの一員として活動し、ケアを受けることでより良い健康状態を目指せるよう、ケアの質を保ちつつより良くしたり、リスクは最小限に抑えたりするような計画を立てて実施できる

包括的な医学的評価

▶︎今問題となっている医学的問題
▶︎認知症の評価
▶︎気分障害の評価
▶︎転倒リスクの評価
▶︎今問題となっている社会的な問題
▶︎緩和ケアに関すること
▶︎現在の内服中の薬についての問題
▶︎今後のケアについて、ケアのゴール設定
▶︎「医療上の意思決定者」の情報
▶︎患者以外の情報提供者からの情報収集
▶︎患者の全体的な管理を改善するための包括的な推奨事項

Jan Radford, et al. Medical Students in Residential Aged Care: A Guide. Clin Teach. 2020 May 26. Online ahead of print.

多職種が指導に関わる

 この文献で特に大事だなと思ったのが、医学生を対応するスタッフとして医師だけでなく、看護師や薬剤師をメンターとして重要視していることでした。
 高齢者介護に関して教育・研究を行うプログラム(TRACS:Teaching and Research Aged Care Services)があり、このスタッフが看護師メンターとして医学生に関わってくれるようです。具体的には、施設の利用者さんたちに医学生が関わることのマネジメント(同意の取得や研修にあたってのオリエンテーションなど)を担っています。

 小海分院の研修でも、指導医の先生自身が施設や訪問看護師と普段から連携を取っているので、研修医がどのような学びを得ているか相互に情報共有できています。おそらく、研修医自身から語られる研修で感じたことと、研修医と一緒にいたスタッフからの話とを両方聞いた上で、指導医の先生方はフィードバックをくださっていたのでしょう。
 さらに、指導医の先生とやりとりする中で、研修に携わる多職種の方々も、どのように研修医と関わるかを相談できていたのではないかと思います(ここは、自分が小海分院のスタッフとして指導医の立場になったときに、実際に感じた部分でもあります)。

施設だからこそ学べること

 欧米では、高齢者のケアを学べる場として「老年医学 Geriatrogy/Geriatric medicine」を病棟として持つことも多いです。そこでもフレイルな高齢者に関して様々なことが学べるとは思いますが、施設という場で学ぶ方が、多職種連携リソースの限られたセッティングでの医療上の意思決定について学べるとされています。
 オランダから、老年医学の病棟で実習した医学生と、高齢者施設で実習した医学生を対象にインタビューを行った研究があります。
 この中で、施設で勤務している看護師は病院の看護師と教育歴が異なっていて、医学生に対し独自の課題をもたらしたと指摘しています。施設に勤務している看護師さんやヘルパーさんの、例えば認知症の患者さんに対する接し方や対応の仕方は、病院では学べないことだと思います。
 また、施設でもし患者さんに対し医療的処置をしようと思っても、できることは限られています。いざ検査をしたいと思っても、わざわざ病院に受診しなければできないという状況で、本当に今受診した方がいいのか、医師に相談すべきかどうか、という難しい判断を迫られます。南佐久の研修でも、研修医とはいえ医師である自分に「どうしたらいいでしょう?」と相談されることが少なくありませんでした。幸い、院外の研修中に困ったことがあったら小海分院にいる指導医に電話で相談して良い、ということが約束されていたので、電話でよく泣きついていましたが、そういったリスクマネジメントもきちんとされていたのだと改めて思います。また、リソースが少ない状況で医学的意思決定をすることの難しさから、検査に依存しすぎている自身を見つめ直すきっかけにもなっていました。

Marije Huls, et al. Learning to care for older patients: hospitals and nursing homes as learning environments. Med Educ 2015: 49: 332–339

コミュニケーションを通した学び

 南佐久の地域研修で、思い出深いのは「宅老所やちほの家」です。
 宅老所とは、通所や短期入所サービスを提供する事業所の一形態です。居住のための施設ではないですが、このやちほの家(確か「やちほんち」と呼ばれていたかと思います)では、高齢の方々を、10数人という比較的少ない人数で、より生活に近い形でケアを提供していました。
 そこでは、利用者さんたちと一緒に昼食の作ったり、スタッフの方も一緒に昼寝したり、庭の畑仕事に取り組んだりと、生活をともにしながら、いろいろな話を聞かせてもらうことができました。ご自身の生い立ちであったり、地域や病院に関する昔話などを、じっくり時間をかけて聴くことができ、ここでの時間がまさに地域を知ることにつながった感覚がありました。スタッフのご家族が利用されていることもあり、スタッフの皆さんが家族のような感覚で利用者さんと接しているのも印象的でした。基本的には、何かしら身体機能や認知機能の低下がある方が集まっており、何かするにはスタッフの介助が必要なのではないか?と思っていたのですが、昼食の準備をすると慣れた手つきで野菜を切ったりとても丁寧に盛り付けたりと、なんでもケアすればいいのではないということを気づかされました。

 このような地域に根差した施設での学びについての研究があります。医学生がこのような場で学べることとして、
・居住者との交流
・在宅高齢者ケアについて学ぶ
・ポジティブな学習経験

 が挙げられています。

 病院で出会った患者さん(多くは急性疾患のために元気もなく、ケア需要も高い状態)が、宅老所で元気にしている姿を見ることで、在宅ケアに対するポジティブなイメージを持つことにつながるでしょう。同じ通所系のサービスでも、前述の宅老所のような地域密着型の通所サービスあれば、医療的ケアが必要な比較的重症な方を対応する療養通所介護サービスなど、様々な形態があります。そのような知識を以て研修に取り組むことで、将来的な高齢者へのケアの質が高まることが期待されています。

 学生が利用者さんの個人的な経験を聞くことは、ケアの状況をより深く理解することが示唆されています。病院や診療所で「主訴」として医学的問題について聴くのではなく、生活の場で医学的なこととは関係ないことについて話をする機会は医学生にはまれなことでした。また、医学生が聞きたいことを聞いても、スムーズに話が進まないことがありました。集中的に議論を維持する、ということが難しいのだというコミュニケーション上の課題を感じることにつながっていました。
 この点は非常に重要ではないかと思います。普段高齢の方の診療に携わっていると、視力・聴力に障害があったり、認知機能に障害があったりするために、限られた時間の中では本人から聞きたいことをうまく聞き出せないことも多いです。そのために、本人ではなくご家族やスタッフに話を聞く方に注力してしまい、患者さん自身の言葉を聴くことができないまま、いろいろなことが決まってしまいがちです。しかし、やちほの家のようなゆっくりとした時間の中で、様々なバックグラウンドを持つ高齢の方と関わり、医学的なことではない話を聴いたり生活に近い場の様子を見たりすることで、当たり前ですが耳が遠かろうが認知症があろうがこの方にはちゃんと意思があり生活があるのだ、ということを理解できることにつながります。それが、それぞれの医師の中で理解されると、高齢者の診療がより良いものになるのではないでしょうか。

R Saunders, et al. Demystifying Aged Care for Medical Students. Clin Teach. 2017 Apr;14(2):100-103.


まとめ

 施設で医学生や研修医がどう学ぶか、という視点は、実は自分も経験していたはずなのにあまり重要視してこなかったなと反省しました。単に、訪問診療で高齢者の施設を訪れるだけでは不十分で、じっくり時間をかけて多職種とともに病院のような医療的な文脈とは違う状況の中で実習・研修すること、その中で学生・研修医の安全性を担保しつつ、指導側が関わってくれる他の職種とコミュニケーションをとりながら学びを支援することの重要性を感じました。

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