人類牧場:地球

 家畜化とは、野生の生物を捕獲し手懐けた上で意図的に交配を行い、消費者または所有者の望むある目的の為に、生命の在り方そのものを操作する行為である。現にこの地球では人類によって牛、豚、鶏、羊など多くの生物が長い年月をかけて先祖となる原種からより人類に都合の良い姿、身体に改良されてきたのだ。
 しかしながら、この世に星の数ほど存在する種の生物の全てが必ずしも家畜化に適しているとは言えないのである。そんな中でも数ある動物種の中から前述したようなメジャーな家畜を作り出せたのは、一重に彼らには正に「家畜化の才能」とも言える諸々の条件がよく揃っていたからだ。
 [適した飼料を食べる、または雑食性である]
 [速い成長速度]
 [飼育下でも繁殖を辞めない]
 [穏やかな気性]
 [パニックへの耐性]
 [序列の伴う社会性を形成する]
 これらの条件を自ら獲得していた生物こそ、我々が家畜化に挑み、そして成功を収めている功績の礎に他ならない。
 家畜を手にする事の示す最も顕著な生物の性質はまず欲望の肥大である。しかしながら、我々も各々の経験や知恵から良く学び唱えるように、この肥大した欲望というものは我々の視野をよくよく狭めてくれて、そして何よりまるで甘い香りのする真っ白な霧のように視界を鼻腔を包み、自分の本当の全容、つまりは忘れてはいけなかった筈の足元の景色すら、簡単に夢想と欺瞞の内に隠してしまえるのだ。
 食卓に並ぶ白い皿の上に盛られた湯気の上がるステーキ肉を見て、我々が泥と血と真の魂の輝きに満ちていた”彼ら”の先祖たちに思いを馳せ、そういうことに気付く事も、気付くべきだという訴えの発露も芽生えない。そういう都合の良さを勝ち取ってしまえば最早、彼らは我々の本質的魂の隷属となり、信用と信頼は瞬く間に数字と経済に取って代わられるのだ。最早気付く事もないだろう。
 気分はどうだ?
 
 「タカシどうした。食事の手が止まっているぞ。」
 「・・・あぁ、父さん。すいません。」
 「しっかりしてくれ。お前はこの家の跡取りなんだから。」
 「はい、父さん。すいません。」
 「最近の学校はどんな感じだい。」
 「うーん。特に変わった所はないかな。なんだかまた馬鹿みたいな音楽が流行ってるよ。」
 「どんな音楽だ?」
 「クラシックさ。最近、ちょっと前にあったアナログプレーヤーの音がなんだか良いんだって言い出し始めてて、その流行で今は学校のちょっとした時間に交響曲が流れてる。退屈で仕方ないよ。」
 「あぁ。俺の時と同じような感じだな。問題ないだろう。あれは音の重なりから快楽を見出す習性だ。よく見ておきなさい。仕事に役立つだろう。」
 「わかったよ父さん。」
 「今日も遅れずに見に行ってくれ。」
 「うん。刻限には着いてるよ。」
 「あぁ。生徒の肌艶はどうだ。」
 「父さん、最近なんだか太らせすぎじゃないかと思っています。」
 「何がだ?」
 「ハンバーガーじゃないかな。」
 「確かに最近パテを追加するキャンペーンをやってたな。」
 「ニキビのできてる奴が多い。」
 「ありがとう。よく見ているね。」
 「もう慣れたさ。」
 「さぁ、朝食を片づけちまおう。仕事の始まりだ。」
 父親の毎朝の決まり文句だ。これは朝礼に近い。家業というのはこういう生活の場面にすらズケズケと職業柄を踏み込ませてくる。でもこんなことには慣れていかなければいけない。その方が自分が仕事を仕切るようになってからずっと楽だと知っているからだ。
 「タカシ、今の学校が一通り済んだら、また別の学校に転校だ。」
 「わかったよ父さん。次はどの辺がいいかな。」
 「お前にはまだ決められないだろう。そうだな、今年は例年よりも暑い。北部の夏も気になる。」
 「わかりました。」
 「頼むよ。」
 そう言って父親は白い皿をキッチンカウンターに戻して襟を整えて席を立ち、自分の部屋、仕事場へ戻って行った。私も自分の事をしなければ。
 
 学校とは、人間たちが今後どのように成長していくかを観察する為の施設だ。そして何よりも、ここで行われる「授業」という工程が後々の彼らの出来栄えを大きく作用する。この授業で加えられる要素には最新の注意を払わなければ台無しになってしまう。そんな大事な部分を父さんは僕に任せてくれている。最も、昔からこれは若い人間のやる事と決まっているらしいけれど、それでもやっぱりちっとも誇りに思わないなんてことはないのだ。
 廊下の温度、音量ともに問題無し。幼年期の彼らは適度な騒音を好む。
 教室の温度、湿度ともに問題なし。少し甘い臭いがするが、間食用の飼料だろう。食べすぎについては今朝方父さんに報告している。大丈夫だ。
 「あ、タカシくん。おはよう。」
 「おはよう。」
 「ねぇ!タカシくん!私、何か変わった所ない?」
 「・・・は?」
 「だから!ちょっと変わった所ない?」
 「うん。あー。」
 肌に大きな炎症も見当たらないし、なんだか髪が短くなっている気がするけど、そんなのは大した違いじゃないだろう。なんだ、実は骨でも折れているのか?
 「分からないからちょっと服を脱いでみてくれないか?」
 「は?何言ってるの?」
 「いや、君の変化をよく見る為に。」
 「気持ち悪い・・・」
 「ひょっとして髪の毛が短くなったことじゃないよね?」
 「もう!短くなったんじゃなくて髪の結び方変えたの!」
 「・・・だから何だよ。」
 「もう!最低!バカ!」
 クラスメイトの女子は走っていった。あれだけ活発なら骨は多分折れてないだろう。ストレスも許容範囲だ。どうせ数日で元の状態に戻っているから気にする必要もない。
 しかしながら、彼らはよく自分の見た目や意見を細かく変えて、そうしたものを「多様性」なのだと尊んでいるように見える。これを初めて聞いた時は少し驚いたのを覚えている。父親に言わせれば定期的に起こる習性であるらしいが、どうやらバリエーション戦略を取るとそれに対する無自覚な反応として現れるらしい。特段問題もないそうだった。
 全く私たちから見て、彼らの言う所の多様性なんてものは、せいぜい乳牛の身体に浮かんだ黒い模様の違い程度にしか感じていなかったけれど、彼らにとってはとても大事なことだったのだ。まだまだ私も知らない事が多い。この仕事を続けていく上では「気持ちを察する」というのはとても重要な技術なのだから、よくよく学んでいかないと。
 なるほど、彼らは髪型にも拘るのか。また1つ学びがあった。しかしどの程度重要かはわからない。まぁどうでもいいだろう。
 あと数日で別の学校に移るんだから。よくよく見ておかないとな。
 
 「ただいま。父さん、帰りました。」
 帰りの挨拶は必ず父と交わす。報告の為だ。
 扉が開いてスタスタとつまらなそうな表情の父さんが歩いてくる。自分はテーブルに向かって父に提出する報告書を置いて、小休憩も兼ねた父親との雑談をする。日課であり、先述したように生活に踏み込まれる職業柄そのものでもある。
 「学校はどうだったタカシ。」
 「特に心配な状態ではありませんでした。」
 「そうか、ご苦労。」
 「あ、ただ教室の中の甘い香りが気になりました。多分最近幼年期の人間に流行りのグミというお菓子です。」
 「あぁ、やはりか、丁度その話もしようと思っていた所だった。そうだ、タカシ、お前も参加して後ろで話を聞いていなさい。これからのお前の仕事の糧になるだろう。」
 「話って、なんです?」
 「知能家畜との生産会議だよ。」
 
 『えぇ、まず今月の我が社の売り上げについてですが・・・』
 「君。」
 『はい!なんでございましょう、主よ。』
 「ここは株主総会ではないんだよ。」
 『あぁ・・・、これは申し訳ございません。』
 「君たちが飼料をちゃんと撒いてくれていることは分かっているんだからその説明は必要ないんだ。分かるか?」
 『・・・失礼、無礼を承知でお聞きしたい。経営者として、なぜ、この説明は必要ないのでしょうか・・・?』
 「あぁ、そうだね。たしか君はまだ社長になって間もなかったんだった。君たちの顔なんか覚えていなくてね。つまりは、君たちも、まぁ、君たちなりに努力はしているんだろうが、そういうものはまず、私たちの調整によって整えられた環境の上での話なんだね。」
 『それはつまり・・・』
 「君の会社の売る砂糖入りのシロップ飲料のようなものは君の会社以外にも腐る程生産者がいるだろう。そんな中で、君はなぜその分野の世界一売り上げを達成できていると思う。」
 『それは、我が社の優秀なマーケティングチームが・・・』
 「・・・?すまない、マーケティングとはなんだ。」
 『・・・ご存知ないのですか?』
 「いや、ちょっと考えさせてくれ。・・・そうか、お前たちはマーケットを自分たちの努力で操作できたのだと勘違いしているのか。なるほどなぁ。」
 『それは一体どういう・・・!』
 「おい、早く要点を説明してくれ。」
 『はっ!申し訳御座いません!え~と、先月の会議における『糖尿病患者の生産量を増やしたい』という方針を受けて、弊社の全飲料製品に加える砂糖の量を年率0.2%、20年で4%増やす計画をスタートさせました。』
 「うむ、いいだろう。しかしもう少し強いアプローチが欲しい。」
 『うほん、私もいいでしょうか、主人よ。』
 「あぁ、なんだ。」
 『弊社の新発売したグミが好調です。それと今議題に上がっている飲料のコラボレーションキャンペーンを打ってみるのは如何でしょうか。』
 「どうなる。」
 『同時購入によるディスカウントを用いることで彼の売る飲料をよく飲む糖尿病候補者の症状をより加速できます。具体的な数字はわかりませんが・・・』
 「いい案だ。」
 『ありがとうございます!!』
 「あ、父さん。」
 「なんだタカシ。」
 「ニキビ面の生徒については・・・」
 「あぁ、そうだな。最近幼年期の人間にニキビが増えている気がするんだが。」
 『急激な糖分摂取量の増加でしょうか。』
 「原因は今言ったグミか、ハンバーガーかもしれん。」
 『発言を。弊社全店舗におけるパテ増量キャンペーンの影響かと。』
 「どう考えている。」
 『小さな調整の為の短期限定施策です。来週に終了し、徐々にニキビは・・・減るでしょう・・・。今回のキャンペーンに合わせてより消費者の肥満を効果的に促進できる新作バーガーを同時発売しました。その製品はキャンペーン終了後もラインナップに残りますから、より理想的な状態にできるかと思います。』
 「うむ、結構だ。タカシも、それでいいか?」
 「えぇ、分かりました。ありがとうございます父さん。」
 「うむ。そうしたら次は戦死者の生産量についてだ。何か発言のある物は自分から述べよ。」
 『親愛なる主よ。』
 「おぉ、今回は何をした。」
 『はい、昨年始まりました大規模な独立紛争に兵器供与の契約を取り付け、ペースを従来の3倍想定にまで押し上げました。』
 「助かるよ。実は少し需要が増していてね。それくらいの事をしてくれると助かるんだ。」
 『滅相もございません。こうして今の我々があるのも、主のお導きの賜物で御座います。』
 「他にはどうだ。」
 『現在、中規模の内戦の気配を3つ調査しております。そして先述した独立紛争の大国側に核の気配が御座います。』
 「核は味が落ちるんだ。どうにか使わせるな。」
 『かしこまりました。善処致します。』
 「とうとうこいつらも核を使えるようになってきたか・・・。心配事が増える。」
 「父さん、核はマズいんですか?」
 「あぁ、不味い。爆発で肝心の生命エネルギーに傷が付くんだ。高値を出す顧客に卸せなくなる。」
 「なるほど。」
 「お前の代はもっと気にしないといけなくなるかもな。」
 「わかりました。」
 『お話しする事は以上になります。』
 「うむ。最後に金融だ。」
 『お呼びでしょうか。』
 「あぁ、今月の我々への振込だが、」
 『400万円ほど振り込ませて頂きます。今月の場合、全世界総利益のうちの3×10のマイナス9乗%ほどの金額になります。』
 「あぁ、頼むよ。それ以外はどうだ。」
 『世界全体における税収量もより高められるように努力を促し、各国政府も健闘していますが、如何せん国民の反応が総じて厳しく・・・』
 「全く。まだまだかかるな。」
 『近年誕生した仮想通貨の研究次第では、より人類の消費意識を刺激しないように徴収するシステムの導入も可能と思われます。そうなれば理想の管理体制になるのも時間の問題でしょう。』
 「お前たちがそのレベルに来てくれるまでどれくらいかかるのやら。」
 『善処します。』
 「うむ。タカシはなにかあるか?」
 「いえ、なにも。」
 「よし、では今日の会議はここまでだ。各々各自、方針に沿って生産効率の向上に努めるように。以上だ。」
 
 ある存在にとっての最も重要な上位存在は何か。例えばどんな生物においても自力で生きられるようになるまでの当面の間は母親がそれである。そしてその次に存在は自分より年上の家族に拡張される。そして同年代のコミュニティに属するようになると、勝手に先輩を立てて、従来の家族に依存した状態を克服しようとする。こうした変遷は必ずしも個の存在にのみ起こるものではなく、ある程度カテゴライズされた同質の集団における群集心理としてすら観測することができるのだ。
 では、こうした上位存在の変遷の最後に来る者はなにか。最早人生を熟し、明確に先輩と仰ぎ見上げられる存在も殆どいなくなった時に現れる最後の、純粋な上位存在。
 人類は、そうした最後の絶対的な指針、究極の上位存在に「神」という言葉を当てた。
 
 「あなたたち~、夕食ができたわよ~。」
 母の呼び出しに答えて一家全員で食卓を囲む。畜産業者としての絶対のルールなのだと小さい頃から父に教え込まれている。
 「母さん、今日の夕食は。」
 父は必ず母にその日の夕食の内容を説明させる。それが、やはり畜産業に関わる家の人間として持つべき自覚なのだと父は言う。連日同じものが出たって、母は必ず食卓の料理の説明を欠かさずに行う。
 「えぇ、まずは炊いたお米。そしてゆで卵。それに季節の野菜のサラダ。そして、」
 隅から渦を巻くように順番に皿の説明をして、最後に母は必ず、私たちの目の前で真ん中に置かれた大き目の丸皿、つまりメインディッシュの説明をする。
 
 「先月出荷した人の魂のステーキ。軽く塩漬けにしたものを香草と一緒に蒸してからバターで焼いたわ。ソースはベリーソースよ。色の組み合わせが好きなの。」
 
 「母さん、ありがとう。それでは頂こう。背筋を伸ばして。」
 全員が真っ直ぐに背筋を伸ばし、軽く瞼を閉じる。自分はこの儀式めいた時間が自分に与えるほんの少しの空腹に対する忍耐が、より皿の上の料理を味わい深くするのだと考えてから好きになった。
 「――我々に職と糧を与えた宇宙の全てに感謝し、その全てに忠誠と限りない隣人の愛を誓って――。」
 「「――誓って。」」
 「さぁ、食べよう。」
 
 私たちの家、そして家主である私の父親は、人類にとってのいわゆる「神」を生業としている。そういう風に彼らには感じられている。ただそんな考え方は我々の家畜である地球人類だけの感覚であり、私たちまでわざわざ頼りにする理由なんかこれっぽっちもないだろう。
 私たちの家は畜産業者だ。先祖代々、この地球という土地を手に入れてから長い間人類を出荷する為の牧場を営んでいる。最初は現代でいう猿たちと殆ど変わらなかった人類を、選別し、囲いを用意して、その中で色々と交配を行いながら、現在のような優れた品種に家畜化を成功させた。
 しかし、家畜化に成功させたとは言え、この人類という動物は中々扱いに癖があった。まず愛玩動物としての価値は今の今まで生み出せなかったし、肉をそのまま加工してもなんだかちっとも美味しくならない。偶に食べれる部分があっても、余りに歩留まりが悪くて商売にならなかったらしい。父からよく先代たちの苦労を聞いた。
 そんな中、私の曾祖父、父から見た祖父の代に導入した新しい加工技術が実を結んだ。それは当時、従来の包丁しか使いこなせない単なる牧場主には到底できないような近代的な加工技術で、それを導入する事でやっと、長年家畜化にばかり傾倒していた我が家を立派な1次産業従事者として軌道に乗せてくれたのだ。
 要は、我々が加工するのは人類の肉そのものではなく、彼らが生涯を通して培ってきた、人類で言う所の「心」とか「魂」とされる部位である。彼らが地球上のどこかでその生涯を終えると、「心」「魂」と呼ばれている部位が加工機にセットされ、自動で製品化する為の食材に変換される。それを「魂」の状態や死ぬ要因になった病気、出来事、ストレスなどで仕分けし、それぞれが最も美味しくなるような最適な加工ラインへ流していく。そして、最終的に出来上がった肉のような食材は、現代では珍味として多くの顧客に重宝されているのだ。
 
 そんな珍味である人の生命エネルギーを、私たちの家族は毎日食べている。他の家の人々から見ればとんだご馳走続きの毎日に見えるかもしれないが、少なくとも我々にとっては最もあり触れた食材であり、なによりこれからの牧場農家としての生活の為に味や食べ方をよく覚える事はとても重要な事だから、味に対する飽きを通り越してからはもはや、この食事は私にとって半分の義務感と半分の生産者としての誇りが味付けをしているようなものである。
 目の前でベリーソースの香り高い湯気を上げる人の、まるで深海を覗き込んだみたいに深く濁りの無い青黒い身にナイフを切り込んだ。ちょうど干し柿と塩茹での豚バラ肉の中間くらいの理想的な感触を指先で感じてから、フォークの先で掬ったソースを絡めた一切れを口に運び入れる。咀嚼する度に表面の脂分が歯と擦れてキュッキュッと音を出して、モチリとした粘り気を感じたすぐ後に海老のプリっとした感触を彷彿とさせながら口内でほぐれて甘味と塩気が広がった。恐らく少しは臭いがあるのだろうが、蒸した香草とベリーのおかげで全く感じないまま喉元を過ぎるまで楽しむことができた。
 「タカシ、これは何の肉だい。」
 いつも通り、父さんがテストを出してきた。
 「この青黒い色は深い悲しみによるものかな。で、味わいに海の近い生活習慣を感じる。ただ脂も乗ってるから、猟師みたいなハードな仕事はしてない。むしろオフィスワークでそれなりに裕福な人だ。」
 「うん。いい感じだな。これはニューヨークで破産した投資家の魂だ。」
 「なるほど、でもそんな珍しいのを自分たちで食べちゃっていいの?」
 「これは色が黒すぎた。いくらか用意した出荷分から弾かれたんだよ。無理矢理売るには高すぎる。今度加工所に連れてってもっと色の見方も教えてやる。」
 「ありがとうございます。父さん。」
 「さぁ、食事を続けよう。」
 「そうだ父さん、さっき見せて貰った知能家畜たちとの会議、次回から都合が合えば自分も参加して勉強したいです。」
 「おぉ、熱心だな。いいだろう。沢山見て学びなさい。」
 「ありがとうございます。」
 「あら、タカシもどんどん頼もしくなっていくわね。母さん嬉しいわ。」
 「うん。最近人のことも少しずつ分かってきたことが多くて。」
 「もし興味があるなら、知能家畜たちに色々な人類の職業を体験できるように用意させよう。奴らはもう充分発言力を付けさせてやってるから、きっと効率よく経験が積める。」
 「ありがとうございます。」
 知能家畜とは、家畜化された人類の中でも取り分け優秀だったり、うっかり自分たちが家畜化されてしまった事に気付いてしまった人たちを私たちの調整と介入によって人類社会内でより強い立場に仕立て上げ、我々の隷属として意図的に人類の生産効率や品種改良に適した状況を作り出す手伝いをしてくれている家畜たちのことだ。人類の形成した社会性の頂点として圧倒的な力を使いながら、しかし暗躍する彼らは、一般的な家畜人類たちにとっては陰謀論の的になったり、最近では「新世界政府」などと噂されたりしているが、決してそんな大それた格好の良いものではない。単なる地球という牧場で飼い主に気に入られているというだけの家畜に過ぎないのだ。
 
 「タカシもどんどん、1人の牧畜家として成長しているな。これからも精進するように。」
 「はい、父さん。頑張ります。」
 
 僕はなんてこと無い平凡な牧場の跡取りとして、この地球で生きていくのだろう。

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