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家族で話し合い、してますか?子どものゲームに。

小1長男のゲームやYouTubeが以前から気になっていた。長い日だと一日中見ている。

最初こそ、30分で一回休憩し、時間の上限はなしというルールを決めた。

ただ、夫しかいない時には、無制限になっていったのが現実で、私が「もうおしまい!」というとグズリ、暴力的になるのが最近の悩みだった。

暴力は、ダメだ…と、限界を感じ、先日家族会議を開いた。

その時に感じた、話し合いの難しさと、やっぱりやって良かったという思いを書いてみる。



それは本当に話し合い?


我が家、特に夫に関しては、コミュニケーションが疎遠と感じることは普段ない。
笑いのツボが近く、価値観は比較的似ていると思ってきた。

けれど、考え方には違いはある。
夫は揉めることを嫌がるため問題を先送りにする癖がある。

話し合おうと声をかけるときは、決まって「(仕方ないから)いいよ」と枕詞が透けて見える。

意を決して、今回は「家族のことなのに、私に言われるから話し合うっていうスタンスがおかしいと思う。」と伝えた。
そして、「私だけで、ゲームについてピリピリしていて、辛い」とも伝える。
この感情面を伝えたことで、夫の雰囲気が変わったような気もする。
自分ごとに捉えてもらうために、感情を言葉にすることは、共感を呼びやすいのかもしれない。

話をきいて、意見を言うのが難しい


夫との話しあいは、やや感情的になる部分もありつつ、お互いの不満を出すスッキリ感も得られた。
まずは、大人側の思いをまとめて、いざ子どもとの話しあいをセッティングする。

どうせ自分の意見は通らないと暴れまくっていた息子も、話し合いをしてルールを変えようと持ちかけると、気持ちが和らいだようだ。

さて、家族会議だ。
まずは、息子のゲーム時間に対する考えをきく。「学校で頑張っているから、家ではゲームをもっとしたい」と。

提示された時間は長すぎて、それ何時に寝れんの?とチクリと言いそうになるのを堪えて、

「そうだよね、頑張ってるよね。ゲームしたりしてゴロゴロ休みたい気持ちもわかるよ」と伝える。
この機転が難しい。
親側の要望と対立していつつも、共感する…なんて難しいんだろう。

そして、親側の提案を行う。
ここでも、なぜ今回の話し合いをしたかったのか、というナゼを伝えることに汗が出る。

ゲームをやっているときに、ご飯やお風呂と声をかけたときに切り替えができていないこと、意見が通らなかったときに暴力になるのはいけないと思うことを伝える。
「ゲームに依存するのが心配」ということを噛み砕くことにかなりノートと読書が必要だった。

その後、随所にどう思う?と確認をとりつつ、お互いの折衷案を模索し、概ねのルールができた。


結局、話し合って良かったか?


さて、話しあいをしてみて、どうだったかというと、
やはり良かったと思う。

夫も子どもも、こうしたい!という思いの裏にわかって欲しい気持ちや辛さを感じていたことがわかった。

会議という真剣に話す時間を作ることで、いつもよりも、腹のうちがわかったような気がする。
そして、相手もわかってもらえた嬉しさを感じている様子が機嫌の良さから伺える。

私が育った家庭では、自分の意見を真っ向から言う文化がなく、態度で察しろが多かった。その分すれ違いも多い。

あえて言葉にすることを、関係が悪くなるかもしれないという怯えから避けてきた。

でも、家族や親子であっても、しょせんは他人で、考え方は違うということが話しあいを通してわかった。

そして、小1の息子も、自分なりに考えて意見を言えることに驚いた。いっぱい考えたもんと話す様子は、一丁前だ。

思いを言葉にして、擦り合わせる、そうやって少しずつ進んでいくものなのかな、家族とは。

まだまだ話しあうとは難しく感じる。
けれど、真剣に話し合う、そんな誰かの何かになれば幸いと思いつつ。

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