2024/4月第ニ週のゾンビ論文 新自由主義はゾンビなのか?

本物のゾンビについて書かれた論文を探すべく、Googleスカラーのアラート機能を使い、ゾンビについて書かれた論文を収集している。

アラートの検索条件は次の通り。

  1. 「zombie -firms -philosophical -drug -biolegend -gender -narrative -network

  2. 「zombie -firms -Chalmers -xylazine -biolegend -DDoS」(取りこぼし確認用)

「zombie」をキーワードにゾンビ論文を探しているのだが、比喩としてゾンビを使う論文も多いため、「-◯◯」で比喩としてのゾンビを扱うが論文を排除している。排除したいゾンビや論文は、以下の通り。

  • 「-firms」:ゾンビ企業

  • 「-philosophical」:哲学的ゾンビ

  • 「-drug」:ゾンビドラッグ

  • 「-network」:情報科学系の論文ならなんでも

  • 「-DDoS」:ゾンビPC

  • 「-biolegend」:細胞の生死を確認するゾンビ試薬

  • 「-gender」:ジェンダー学系の論文ならなんでも

  • 「-narrative」:ゾンビ映画・小説などの評論

検索条件1には一般性の高い排除キーワードが含まれているため、それらが不必要にゾンビ論文を排除していないかを条件2で確かめる。

今回、4/8~4/14の期間で収集し、以下の通りの論文を得た。

  1. 「zombie -firms -philosophical -drug -biolegend -gender -narrative -network」五件

  2. 「zombie -firms -xylazine -biolegend -DDoS」11件(検索条件1との差分は六件)

検索条件1は書評、医学、水産学、社会学、情報科学が一件ずつだった。


検索条件1「zombie -firms -philosophical -drug -biolegend -gender -narrative -network」


ルーシー・スワンソン作『現代フランス・カリブ小説におけるゾンビ』

一件目。

アラート日付:4月8日
原題:The Zombie in Contemporary French Caribbean Fiction. By Lucy Swanson
掲載:French Studies
著者:Heidi Shaker
ジャンル:書評

Lucy Swansonによる"The Zombie in Contemporary French Caribbean Fiction"の書評。「フランスのカリブ海小説におけるゾンビの姿を分析した最初の単行本」だそうで、過去にも扱ったことがある。その時の論文も今回と同様に評論系の論文で、この本が、誰かが何者かに使役される存在として比喩的に表す「ゾンビアバター」という概念を導入した点に触れていた。

以下に、今回の論文のアブストラクトを引用する。今回もゾンビアバターに注目しているように思う。ゾンビが比喩として背負っているとのは、奴隷制の歴史、トラウマ、ジェンダーに基づく暴力、精神医学治療で抑うつされた人間など。

Taking an approach that is both deeply historical and profoundly contemporary, Lucy Swanson’s book traces the symbolic meanings of the zombie figure in literature from representations of slavery, resistance, and abolition to manifestations of trauma, gendered violence, and a critique of western psychiatric treatments that leave patients in zombie-like states (for example, lobotomies and anti-psychotic medications). Swanson also traces the evolution of the solitary zombie — as it first appeared in Haitian literature — to its multiplication into a massive horde of zombies in literary fiction written after 1968.
(ルーシー・スワンソンの本は、歴史的かつ現代的であるアプローチを採用し、奴隷制度、抵抗、奴隷制度廃止の表現から、トラウマの発現、ジェンダーに基づく暴力、そして患者をゾンビのような状態(ロボトミー手術や抗精神病薬など)に放置するような西洋の精神医学的治療の批判に至るまで、文学におけるゾンビ像の象徴的な意味を追跡しています。スワンソンはまた、ハイチ文学で最初に登場した孤独なゾンビの進化を、1968 年以降に書かれた文学小説の中でゾンビの大群へと増殖するまで追跡しています。)

同論文より

しかし上記だけではなく、小説におけるゾンビの表象なども分析している。面白そうだが、日本語でないと込み入った話は理解できなさそうだ…。

ジャンルは書評。


関節機能障害の最も見落とされがちな根本原因:老化細胞

二件目。

アラート日付:4月8日
原題:The Most Overlooked Underlying Cause Of Joint Dysfunction: Senescent Cells
掲載:Today’s Practitioner
著者:Adam Killpartrick
ジャンル:医学

"Senescent Cells"…老化細胞。またの名をゾンビ細胞。といっても俗称だが。そのゾンビ細胞が関節機能にどう悪影響を与えるかを概説した記事。

ジャンルは医学。


優秀な編集者はどこへ行ってしまったのでしょうか? - 必要な論争

三件目。

アラート日付:4月8日
原題:Where Have All the Good Editors Gone? - A Necessary Polemic
掲載:Sustainable Aquatic Research(掲載は4/30から)
著者:Christian E.W. Steinberg
ジャンル:水産学

zombieの単語が出てくるのは次の文章。

Don’t be afraid: America’s greatest folksinger of all time, Pete Seeger (‘Where have all the flowers gone?’), is not back as a zombie to critic aquaculture. It seems, however, that he was much more aware of the evolution of different human societies and cultures than many aquaculture editors are of the appearance and development of their journals.
(心配しないでください。アメリカ史上最も偉大なフォークシンガー、ピート・シーガー(「花はどこへ行った?」)は、水産養殖を批判するゾンビとして戻ってきたわけではありません。しかし、彼は、多くの水産養殖ジャーナルの編集者が雑誌の出現と発展について認識しているよりもよっぽど、さまざまな人間社会や文化の進化について認識していたようです。)

同論文より

Pete Seegerという歌手(故人)がいて、なぜかその人間を引き合いにして、水産養殖ジャーナルが雨後のタケノコのように出現しているのに編集者たちは気づいていない!と嘆いているらしい。しかも、なぜかそこにゾンビも出てくる。ちょっと意味がわからない。

わからないが、低品質なジャーナルの跋扈に嘆いているのはわかるし、共感もできる。そして、オープンアクセスジャーナルを持つ大手出版社の編集者たちは何をしているのかと問うている。だから、タイトルを「優秀な編集者はどこへ…」としたようだ。

ジャンルは水産学とした。ただ、低質な論文の跋扈を憂うのがメインの目的のように見えるため、図書館情報学のような気もする。


ネオリベラリズムの後に

四件目。

アラート日付:4月12日
原題:After Neoliberalism
掲載:このタイトルの本がある
著者:John Quiggin
ジャンル:社会学

疾うに死んでしまった新自由主義がまだ生きてゾンビのように動き続けていると指摘する本。

The credibility of neoliberalism was fatally wounded by the Global Financial Crisis and its aftermath. Nevertheless, market ideology has lumbered on in zombie form, for want of a clear alternative. It is only recently that we have begun to reverse the failed policies of privatisation and deregulation and to consider radical alternatives such as a shift to a four-day week.
新自由主義の信頼性は世界金融危機とその余波によって致命傷を負った。それにもかかわらず、市場イデオロギーは明確な代替手段を求めずに、ゾンビのような状態で動き続けています。私たちが民営化と規制緩和という失敗した政策を逆転させ、週休二日制への移行など抜本的な代替策を検討し始めたのはつい最近のことです。)

同論文より

「明確な代替手段を求めずに」とあるが、率直に言えば「代替手段がない」のだと思う。民主主義や資本主義が、欠陥を抱えながらも「でも他よりもマシ」という気持ちを受けて、修正を繰り返しながらなんとか生き延びている様子が連想される。

ジャンルは社会学でよいだろう。

ゾンビに関係ないが、週休二日制になったのが最近だというのがとても意外だった。定着したのが1997年ごろらしい。思い返せば、半ドンで帰ったときに父がいた記憶がない。

 1980年代になると日本人の働き過ぎが問題となり、労働時間を短縮する方向へと制度改革が進みます。このなかで1987年には労働基準法が改定され、週40時間(5日間)に労働時間が削減されています。
 実際のところ、この法改正で一律週休2日制が始まったわけではなく、前後して週休2日制の導入が段階的に進んでいくことになりました。



 しかし、東京の街では温度差がありました。大企業が土曜休業を決めて週休2日制へとかじを切る一方、中小企業では普及が進みませんでした。これは、2017年に政府が提起した「プレミアムフライデー」の状況と似ています。結局、週休2日制が世の中に広く定着するまでには、さらに約10年がかかっています

アーバンライフ東京『昭和時代は週6勤務が当たり前! 労働者の味方「週休2日制」が広まったのはいつだったのか?』より


ハイパードライブプロトコル: 固定金利と変動金利の自動マーケットメーカー

五件目。

アラート日付:4月12日
原題:The Hyperdrive Protocol: An Automated Market Maker for Fixed and Variable Rates
掲載:arXiv
著者:Jonny Rhea と Alex Towle、 Mihai Cosmaの三名
ジャンル:情報科学

ハイパードライブという「固定金利資産と変動金利資産の取引を容易にするために設計されたプロトコル」が存在し、その原理か応用を報告しているっぽい。「っぽい」という表記にしたのは読んでもよくわからないからだ。数式も多いし…。

zombieの単語は"zombie interest"(ゾンビ利息)という文字列で現れる。

The checkpoint system applies updates to the share and base reserves that result from closing matured positions. All the proceeds owed to holders of the matured long and short positions are set aside in the zombie share reserves, z_zombie. The interest collected from these matured positions after maturity is referred to as “zombie interest.” In addition to tracking any unclaimed proceeds in the share reserves, Hyperdrive also tracks the proceeds in base with the zombie reserves quantity, xzombie.
(チェックポイント システムは、満期ポジションのクローズによって生じる株式および基本準備金の更新へ適用されます。 満期になったロングポジションとショートポジションの保有者に支払われるすべての収益は、ゾンビ株の準備金である z_zombie に格納されます。 この満期ポジションから満期後に徴収される利息を「ゾンビ利息」と呼びます。 ハイパードライブは、株式リザーブ内の未請求の収益を追跡することに加えて、ゾンビの基本リザーブ数量 x_zombie を使用してベースでの収益も追跡します。)

同論文より

「…収益は、ゾンビ株の準備金であるz_zombieに格納」というのは、ハイパードライブで動かす計算式にゾンビ株の準備金を表すz_zombieという変数があり、それに収益を代入するということだ…と思う。「ゾンビの基本リザーブ数量x_zombieを使用して」もおおむね同じ意味だ。で、ポジションが満期になったにも関わらず発生する利息を「ゾンビ利息」と呼ぶ、と。

と言ったものの、私は情報科学も金融も詳しくないので、何がなんだかさっぱり…。「ポジション」は「クローズされれば損益が確定する取引」と理解したが、じゃあ「満期ポジション」って何…? 非課税期間が終了したNISA枠じゃあないだろうし…。いやそもそもプロトコルって何? アルゴリズムとどう違うわけ? 何? 何もかも何なの?

ジャンルは情報科学。



検索条件2「zombie -firms -xylazine -biolegend -DDoS -Chalmers」

上記の条件でねらいのゾンビ論文を誤って排除していないかチェックするために、こちらの検索結果もチェックしておく。ただし、ゾンビ企業とゾンビドラッグ、ゾンビ試薬、ゾンビPC、哲学的ゾンビは排除されるように設定してある。

終わりのない批評を事前に

アラート日付:4月8日
原題:Critique without End (s) in advance
掲載:Philosophy Today(リンク先はPhilPapers)
著者:Marcus Quent
ジャンル:哲学

「-philosophical」および「-gender」で排除。批評家がゾンビのような生活を送っているらしい。何がどうゾンビなのかはアブストラクトからだけでは読み取れなかったが。


資本主義へのデスロード:『Death Road to Canada』におけるゾンビ黙示録のビジネスオントロジー

アラート日付:4月12日
原題:Death Road to Capitalism: Business Ontology of the Zombie Apocalypse in Death Road to Canada
掲載:Game Studies
著者:Caighlan Smith
ジャンル:ゲームデザイン学

「-gender」および「-narrative」、「-philosophical」で排除。論文冒頭に、目的を示す以下の一文がある。

In this article, I unpack how the zombie apocalypse video game offers a first step towards specifically neoliberal capitalist critique yet forecloses further steps away from capitalism.
(この記事では、ゾンビ黙示録のビデオ ゲームが、特に新自由主義的な資本主義批判への第一歩を提供しながら、資本主義からのさらなる一歩をどのように妨げているかを解き明かします。)

同論文より

マルクス主義によくある、ゾンビをベースに資本主義を批判する論文らしい。ゾンビが出てくるゲーム(今回は『Death Road to Canada』)にまで手を広げるのは初めて見るが。


iZombie: 悪徳企業、有罪と無責任

アラート日付:4月12日
原題:iZombie: Evil corporations, culpability and ir/responsibility
掲載:The Journal of Popular Television
著者:Penny Crofts
ジャンル:評論(マルクス主義批評?)

「-philosphical」および「-gender」、「-narrative」、「-network」、「-drug」で排除。TVドラマ『iZombie』の評論。消費社会や資本主義、企業の責任に焦点を当てている。


命の問題ではない:ニヒリズムに抵抗し、人間性を回復する

アラート日付:4月12日
原題:No Lives Matter: Resisting Nihilism, Recuperating the Human
掲載:Rhetoric Society Quarterly
著者:Kevin Musgrave
ジャンル:哲学

「-philosphical」および「-narrative」で排除。現代のニヒリズム(=虚無主義)を分析する。アブストラクトを読んだだけなのに、分析の過程で色々な人間や主張・作品が出てき過ぎて理解が追いつかない。また、これらがゾンビとどう関係あるのかもわからない。


先天性心疾患患者における虚血性大腸炎発症の危険因子

アラート日付:4月12日
原題:Risk factors for the development of ischaemic colitis in patients with congenital heart defects
掲載:141st Congress of the German Society of Surger
著者:Nariman Mokhaberiを筆頭著者として、六名
ジャンル:医学

「-drug」および「-gender」、「-network」で排除。死んだ細胞を染色するゾンビ試薬を使用。



Viking Magic

アラート日付:4月13日
原題:Viking Magic
掲載:このタイトルの本がある
著者:E. Kaman と Éva Pápes
ジャンル:文化人類学

「-drug」および「-gender」、「-narrative」で排除。バイキングの神話をひも解く本。きっと不死の怪物か何かが出てきて、ゾンビを引き合いにしているのだろう。


最後に

検索条件1は書評、医学、水産学、社会学、情報科学が一件ずつだった。

何だ、今まで検索条件1のヒット数は週に二三件が精々だったのに、急に増えてしまった。

確かに、これまでと医学は稀に引っ掛かっていた。「-drug」で排除するつもりが、結構逃していることが多いのだ。情報科学は毎週何かしら引っ掛かる印象があるため、仕方がない。どうにか減らしたくはあるが、適当なキーワードを見つけられずにいる。書評も社会学も、まあ仕方がないか。水産学は、珍しいジャンルがたま〜に入るのは回避しがたい。

となれば全て仕方がないのだが、書評と社会学の二つには共通することがある。それは消費社会や新自由主義の批判である。

書評や映画・小説の評論でゾンビを絡める際、よく使われる観点は行き過ぎた消費社会や人種差別、モンスターが背負う比喩などだ。消費社会は『ゾンビ』や『ゾンビランド』でよく見るし、人種差別は『恐怖城』や『私はゾンビと歩いた!』、『ゲット・アウト』など。モンスターの比喩は前者二つと比べて少ないが、たとえば『高慢と偏見とゾンビ』や『ウォーム・ボディーズ』の評論で見たことがある。

評論ジャンルの論文を減らしたいのであれば、この辺に着目して排除キーワードを考えれば良さそうだ。たとえば、消費社会や新自由主義を批判する観点の評論を排除したいなら、キーワードにcapitalismやliberal、neoliberalismを使えばよさそうだ。人種差別ならもちろんracialやracism、モンスターの比喩ならzombie-likeや"as a  zombie"辺りか?

これを来月の検証課題としよう。

今回はねらいの論文がなかった。


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