2024/4月第一週のゾンビ論文 ゾンビに握られた完全人工心臓の解析

本物のゾンビについて書かれた論文を探すべく、Googleスカラーのアラート機能を使い、ゾンビについて書かれた論文を収集している。

アラートの検索条件は次の通り。

  1. 「zombie -firms -philosophical -drug -biolegend -gender -narrative -network

  2. 「zombie -firms -Chalmers -xylazine -biolegend -DDoS」(取りこぼし確認用)

「zombie」をキーワードにゾンビ論文を探しているのだが、比喩としてゾンビを使う論文も多いため、「-◯◯」で比喩としてのゾンビを扱うが論文を排除している。排除したいゾンビや論文は、以下の通り。

  • 「-firms」:ゾンビ企業

  • 「-philosophical」:哲学的ゾンビ

  • 「-drug」:ゾンビドラッグ

  • 「-network」:情報科学系の論文ならなんでも

  • 「-DDoS」:ゾンビPC

  • 「-biolegend」:細胞の生死を確認するゾンビ試薬

  • 「-gender」:ジェンダー学系の論文ならなんでも

  • 「-narrative」:ゾンビ映画・小説などの評論

検索条件1には一般性の高い排除キーワードが含まれているため、それらが不必要にゾンビ論文を排除していないかを条件2で確かめる。

今回、4/1~4/7の期間で収集し、以下の通りの論文を得た。

  1. 「zombie -firms -philosophical -drug -biolegend -gender -narrative -network」四件

  2. 「zombie -firms -xylazine -biolegend -DDoS」九件(検索条件1との差分は五件)

検索条件1は情報科学が二件、医学、数学が一件ずつだった。


検索条件1「zombie -firms -philosophical -drug -biolegend -gender -narrative -network」


完全人工心臓の解剖学的および血行動態的特性

一件目。

アラート日付:4月4日
原題:Anatomical and hemodynamic characterization of totally artificial hearts
掲載:ASAIO JOURNAL
著者:Gretel Monrealを筆頭著者として、四名
ジャンル:医学

完全人工心臓と著者らが定義する人工心臓の分析調査。調査対象は六種の人工心臓で、調査内容は蛍光透視検査と血行力学的パフォーマンスの評価。

と書いてみたが、エイプリルフール用に執筆されたお遊び的論文である。六種の人工心臓は200ドル未満で買えるおもちゃの心臓で、しかし調査の手法や内容、議論考察は真剣そのものである。

たとえば、本文中で"craw total artificial hearts (claw TAH)" (爪あり完全人工心臓)とラベリングされた人工心臓のレビューを見てみよう。

Claw TAH (Figure 2A) is a very compliant red rubber heart in the tight grip of a scary green rubber zombie hand. A small power switch on the underside of the TAH activates a battery-powered internal mechanical mechanism (Figure 3A, consisting of printed circuit board (PCB) with embedded electrical components and wires, and 3 AA batteries to power a motor, 2 LED lights, and a small speaker) with a motion sensor to trigger and activate the TAH to beat, the heart to flash, and audible heart sounds to play (Supplemental Video 1). This TAH used low electrical power (6-7W).
(クローTAH(図2A)は、恐ろしい緑色のゴムのゾンビの手にしっかりと握られた、非常に率直な赤いゴムの心臓である。TAHの下面にある小さな電源スイッチにより、バッテリー駆動の内部機械機構(図3A、電気部品とワイヤーが埋め込まれたプリント回路基板(PCB)と、モーター、2つのLEDライト、小型スピーカーに電力を供給するための単3電池3本で構成)が作動し、モーションセンサーにより、TAHの鼓動、心臓の点滅、音声による心臓音の再生がトリガーされ、作動する(補足ビデオ1)。このTAHは低電力(6-7W)を使用した。)

同論文より

ここまでは見た目と玩具の駆動方法の説明だ。簡単に、きれいにまとめられている。問題はこれに続く文章だ。

Imaging (Figure 3B) revealed a single chamber with no internal anatomical features or valves, and FS was 1.56%. Mock flow loop experiments (Figure 3C) showed Claw TAH generated pulsatile flow, with an aortic pressure of 3 mmHg, venous pressure of 3 mmHg, left ventricular (LV) pressure of 1.6 mmHg (max) to 0.6 mmHg (min), LV volume of 52mL (max) to 48mL (min), stroke work of 1.05 mmHg*mL, stroke volume of 1.3mL (Figures 3D and 3E). Several seconds of data were collected before a substantial leak occurred from around its motor-housing seal (-0.46 L/min flow) and the motor shorted out.
(画像診断(図3B)により、内部解剖学的特徴や弁のない単一チャンバーが明らかになり、FSは1.56%であった。模擬フローループ実験(図3C)により、Claw TAHは大動脈圧3mmHg、静脈圧3mmHg、左心室(LV)圧1.6mmHg(最大)~0.6mmHg(最小)、LV容積52mL(最大)~48mL(最小)、ストロークワーク1.05mmHg*mL、ストローク容積1.3mL(図3Dおよび3E)の脈動的な血流を発生することが示された。数秒間のデータが収集された後、モーターハウジングシール付近からかなりの漏れが発生し(流量-0.46L/min)、モーターがショートした。)

同論文より

FSは"fractional shortening"で「左室内径短縮率」(知らん)を指し、模擬フローループ実験は(よくわからんが)実際に心臓の補助装置を評価する実験系である。模擬フローループ実験により、おもちゃの心臓に生理食塩水を流して血圧や血流を測定し、(本来ならば)議論に耐えうるデータを提供している。そして、数秒間の模擬フローループ実験の後にモーターへ食塩水が流れ込んでショートしたというオチまでついている。

導入で心不全の脅威を説くという真面目さにも関わらず、なんだこの内容は。

ジャンルは医学。


CLAPNQ: RAG システムのための自然な質問の文章からのまとまりのある長文回答

二件目。

アラート日付:4月5日
原題:CLAPNQ: Cohesive Long-form Answers from Passages in Natural Questions for RAG systems
掲載:arXiv
著者:Sara Rosenthalを筆頭著者として、四名
ジャンル:情報科学

Retrieval Augmented Generation(RAG:検索拡張生成)という大規模言語モデルのアプリに関する論文。大規模言語モデルは、AIによる長文生成機能とでも捉えてもらえばよい。CLANPQは著者らがRAG実現のために作成したシステム。

検索に引っ掛かったのは、AIに『Call of Duty: Black Ops III』のゾンビモードについて質問しているため。大規模言語モデルでゾンビといえば哲学的ゾンビ。そちらであれば面白かったのだが。

ジャンルは情報科学。


数学とMinecraft?

三件目。

アラート日付:4月5日
原題:Math and Minecraft?
掲載:Math Horizons
著者:Michael Weselcouch
ジャンル:数学

表紙1ページだけしか読めないが、マインクラフトで数学の教育をするとかなんとかの論文だと思われる。マインクラフトにゾンビが出てくるために検索に引っ掛かった。

ジャンルは数学。


脱獄即時攻撃: 拡散モデルに対する制御可能な敵対的攻撃

四件目。

アラート日付:4月7日
原題:Jailbreaking Prompt Attack: A Controllable Adversarial Attack against Diffusion Models
掲載:arXiv
著者:Jiachen Maを筆頭著者として、六名
ジャンル:情報科学

画像生成を狂わせる手段として、ブラックボックスである生成アルゴリズムを操作して不適切な出力を強制させるという攻撃が存在する。論文中に例示しているのは、アダルトコンテンツや暴力である。その「暴力」的な出力に人間のゾンビ化が挙げられている。

もちろん、アルゴリズムを調整するための技術があれこれ書かれているが、私のような素人にはわからない。

ジャンルは情報科学。



検索条件2「zombie -firms -xylazine -biolegend -DDoS -Chalmers」

上記の条件でねらいのゾンビ論文を誤って排除していないかチェックするために、こちらの検索結果もチェックしておく。ただし、ゾンビ企業とゾンビドラッグ、ゾンビ試薬、ゾンビPC、哲学的ゾンビは排除されるように設定してある。

ポスト黙示録文学における人新世の美的変化:モーリーン・F・マクヒューの『アフター・ザ・アポカリプス』におけるゴミと崇高さの分析

アラート日付:4月4日
原題:Anthropocene Aesthetic Shifts in Post-Apocalyptic Literature: An Analysis of Waste and the Sublime in Maureen F. McHugh’s After the Apocalypse
掲載:Relevant
著者:David Lombard
ジャンル:評論

「-narrative」および「-philosophical」で排除。モーリーン・F・マクヒューの短編集『AFTER THE APOCALYPSE』に収録されている『apocalyptic waste』の評論。ゾンビが出てくる小説である。


『The Last of Us』における翻案、暴力、そしてストーリーテリング

アラート日付:4月4日
原題:Adaptation, Violence, and Storytelling in The Last of Us
掲載:Games and Culture
著者:Steve Spence
ジャンル:評論

「-gender」および「-narrative」、「-network」で排除。『ラスト・オブ・アス』のストーリーを分析し、成功の秘密を探る。


ポストレイシャルファンタジーとゾンビ:世界を食い尽くす人種差別的終末政治について

アラート日付:4月5日
原題:Postracial Fantasies and Zombies: On the Racist Apocalyptic Politics Devouring the World
掲載:このタイトルの本がある
著者:Eric King Watts
ジャンル:評論(ポストコロニアル批評)

「-philosophical」および「-gender」で排除。"post racial"(ポストレイシャル)という耳慣れない語があるが、"post colonial"(ポストコロニアル)が欧米による植民地政策が終わったあとの世界を指す語であるから、その延長線として人種差別政策が終わったあとの世界を指すものと思われる。

私の興味を引いたのは、この本をレビューした以下の文章。

With characteristic wit and intellectual rigor, Watts brings us to a new consideration of the postracial through the proliferation of zombie forms across a multitude of genres.
(ワッツは、持ち前のウィットと知的厳格さで、さまざまなジャンルに広がるゾンビの形態を通して、私たちをポスト人種主義の新たな考察へと導きます。)

『Postracial Fantasies and Zombies』のReviews

「さまざまなジャンルに広がるゾンビの形態」とはなんだろうか。私のように、様々な論文を読んでゾンビがどういった比喩に使われているのか調べているのだろうか。この事実自体はよく知られているものの、網羅的な調査報告を見他ことがないため、この本がそうなのだとしたら読まなければならないかもしれない。幸いにも、元になった論文があるようだから、そちらを先に読んでみよう。

↓元になった論文
https://www.tandfonline.com/doi/full/10.1080/14791420.2017.1338742


革命に反対

アラート日付:4月5日
原題:Against revolutions
掲載:BJHS Themes
著者:James A. Secord
ジャンル:歴史学(科学史)

「-narrative」および「-philosophical」、「-gender」、「-network」で排除。科学史における革命の役割や定義を問い直す論文。革命といっても産業革命や、コペルニクスやダーウィンの登場といった知識の革命などの科学寄りの「革命」である。

最近、Lorraine Dastonという学者が"Scientific Revolution"(科学革命)を"zombie narrative"(ゾンビの物語)と呼んだらしい。その理由は「何度も蘇ってくるから」だそうだが、この論文からだけでは何が何度も蘇るのかが読み取れない。


ファストゾンビと社会的権利:ウンベルト・レンツィのナイトメア・シティ(1980)の場合

アラート日付:4月7日
原題:Fast Zombies and Social Rights: The Case of Umberto Lenzi’s Nightmare City (1980)
掲載:Film Criticism
著者:Alberto Iozzia
ジャンル:評論

「-gender」で排除。『ナイトメア・シティ』というゾンビ映画を読み解く。読解の観点は2つあり、ひとつは、この映画が「走るゾンビ」が初登場した作品であること。もうひとつは、この映画が当時のイタリアの世相…中絶を含む女性の自己決定権に反対するものであったこと。



検索条件「ゾンビ」

実は「ゾンビ」という検索条件も設定しており、ごくまれに論文が引っ掛かる。ヒットの頻度が非常に低いために普段はこの検索条件を設定していることすら紹介していないのだが、今回は引っ掛かった。

山口雅也 『生ける屍の死』 の位置: スペキュレイティヴ・ミステリの可能性

アラート日付:4月4日
掲載:層: 映像と表現
著者:押野武志
ジャンル:書評

山口雅也の『生ける屍の死』の書評。分析の切り口のひとつとして、本書がゾンビ小説史において、どのような立ち位置にあるか?を取り上げている。ミステリーに限らず、意外にも日本にも多くのゾンビ小説があったようだ。私はゾンビといえば映画だったから、新鮮な驚きがあった。



最後に

検索条件1は情報科学が二件、医学、数学が一件ずつだった。

興味を引いたのは、医学のエイプリルフール論文とポスト人種差別の論文の二件。前者は専門的な部分を飛ばしてオチっぽい部分だけ読むだけでもなんとなく面白さが理解できるように思う。後者は、まずもとになった論文に目を通しておきたい。ResearchGateでリクエストを出してみたが、ダメなら買うしかない。論文って結構高いんですよね。

今回はねらいの論文がなかった。


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