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寂しいシロクマ(相羽裕司)
2018年10月7日 13:02
エピローグ 年が明けた一月某日。 悠未(ユーミ)と獅子堂光(ししどう・ヒカル)が「決闘(ケンカ)」した日からも、様々なことがあり。 復興居酒屋でホヤを肴にお酒を飲んでいた外国人が酔っていたので介抱したら、アラブの大富豪で、招待された悠未と灯理(アカリ)がドバイまで行ってきて世界一のショッピングモールを「視察」してきたり。 元日から奈由歌(ナユカ)が神社で巫女服姿でバイトしていたら
2018年10月4日 11:18
結婚。 悠未と灯理は、そう呼称される絆で繋がっている。 その事実は焔にとって小さな恋の終わりを意味していたけれど、不思議と嫌な気分はしなかった。 昔信じた大事だと思ったものを、保持し続けてくれていたのが、他ならぬ悠未と灯理で良かったと思えたから。「悠未の方は、なんで指輪してないんだ?」 焔が、湧いて出た疑問を灯理に聞いてみると。「よく分からないの。俺はまだイイ、とか言って
2018年9月24日 11:40
真雪を抱きしめた焔を睨みつけて、獅子堂は恫喝(どうかつ)するように吼えた。「勝手なことを! 力もないくせに!」 この男はこの男で、真雪の側にいるべきは焔ではなく自分であり、真雪を手に入れた自分が社会を、世界を良くしていくことが、正しいことであると信じている。 しかし、揺るぎない意志の光を携えながらも、悠未が取った「構え」に対して警戒を示し、三度目のタックルの敢行を踏みとどまり、様子を
2018年9月1日 12:53
突如。ブロック塀を破砕しながら、タンクトップの巨躯(きょく)と黒いスーツの男が現れたので、K町を往き交う街の人達は驚いた。 寒月の下。雪が降る冷たい歓楽街の路上に、強い熱源が二つ出現したのだ。何だ何だと熱が伝播して、人を呼び始める。 悠未と獅子堂は絡まり合って地面に倒れ込んだが、大地に接触するや否や、悠未は後転して距離を取った。 祈から獅子堂の情報は聞いている。柔術に長けた人間だとす
2018年8月19日 13:56
「街アカリ」の名前を出すと、場の幾人かがざわめき始めた。 特にキャストの女性陣。ホステス独自の情報網。歓楽街でも辛苦を味わっているような立場の人間から聞いた話。ネットの噂話。都市伝説。美談。賞賛。批判。視点は様々であったけれど、彼女達はその存在を伝え聞いていた。 当の獅子堂本人も。「本物かぁねい?」 彼は驕らぬ強者である。国家の上部の強靭な情報から、地方都市の末端の噂話まで、自分
2018年8月10日 16:44
ここは歓楽街。 S市で「夜の街」と言えば、まず皆がこの街を連想する。 これも一つの伝統と言えるだろうか。夜でも眩い光に満ちているこのK町は、震災の前でも、後でも、途切れずに人々の性的な意味でのパッションも乱れ咲いている。そんな場所だ。 町の中核に、堅牢なる建物があった。佇まいはシックであるけれど、入口の装飾は絢爛(けんらん)。連綿と続いている正統性と、大人の遊び心とが同居しているよう
2018年7月20日 13:33
///「俺は、姉ちゃんと一緒にいたい」 焔ははっきりと答えた。 灯理は、焔の選択をしっかりと受け止めると。「ナユちゃん。鍵を出して」「あいよい」 凛として告げた灯理の言葉を受け取ると、奈由歌がチェーンの部分をネックレスのように首にかけていた「輪」を服の下から取り出した。チェーンの先には、鍵がついている。「隣の部屋に行くぞ」 悠未が告げた。 そう言えば、隣の部屋
2018年7月18日 11:35
///――「イメージの世界」だ。そろそろ、決めないとならない。 CRTディスプレイのデスクトップパソコンっていう時代じゃもうないか。 そう、灯理さんが使う未来的VR(ヴァーチャル・リアリティ)/AR(オーグメンテッド・リアリティ)技術によるデバイスで、何もない空間に明滅する立体ディスプレイが浮かび上がっている。 でも、どんなにデバイスが発達しても、人間に問われるのが究極的には言
2018年7月17日 11:44
最終章「トゥ・ザ・ゴールデン・ユナイテッド・リンキング・タウンズ・ライツ」 その日も雪が降っていた。 年末の「S(エス)市」の風物詩。J(ジェイ)通りを飾るイルミネーションの輝きの下を、恋人たちが寄り添って歩く。そんな頃。 周囲が薄暗くなってきた中、煌きらびやかではないけれど、双桜そうおう学園復興部の部室にも、ささやかに明りが灯っていた。 中にいるのは、悠未(ユーミ)、灯理(アカ
2018年7月16日 15:38
ここはいかなる場所なのか。 復興部の部室ではない。 暗い場所で、ノートパソコンの光だけが煌々(こうこう)と光っている。 キーボードを叩いているのは灯理である。「三パターンのプランをベイズ推定でバックアップ。原理を保持しつつ個体差による“ゆらぎ”を変項として再設定……じゃダメか! なら量子統計経由でブリッジとなる共同体がミクロ経済をサポートするモデルの閾値を算出! ユナイテッド・リ
2018年7月12日 10:40
「焔の様子は、どうですか」「漫画の作画を一心不乱に頑張ってくれてますよ」「ホムラの絵は、好きじゃ」 ここは、再開発地区に隣接する公園内にある、四方を四本の石柱に囲まれた、屋根付きの休憩スペースである。 外気にさらされるため、冬の利用者は少なく、本日も真ん中のテーブルを挟んでベンチに座る、祈、奈由歌、真雪の姿しかない。 監視カメラから個人のスマートフォンなどなど。録音、撮影からネット
2018年7月9日 10:53
「御曹司・獅子堂光、あいつは完全な勝ち組さ」 道中。奈由歌に向かって祈は語り始めた。「今話題の経済格差における勝ち組ってだけじゃない。生物としての勝者さ。沢山愛人をはべらせて、きっともう何人か子供もいるよ。繁殖。生物の目的さ。彼のような勝者の遺伝子が、世界には残っていく。それに比べて僕はどうだ。僕という個体の存在意義さえ、世界に十分に刻めないまま、みんなの半分の時間で消えていくんだ。これで
2018年7月5日 11:37
その日は、雨。 もう数週間、復興部のメンバーは部室に詰めて同人誌制作に集中している。 焔は、ブランクがあったとは思えない速度と質で作画を進めていたのだが。「納期までギリギリ感が出てきても、最後まで完成を目指すのも、復興活動(フッカツ)だね」 とは、本日五人が集まった時の灯理の言である。 元々、スケジュール的に厳しかった上に、その日その日に小さい“復活(フッカツ)”依頼が入るこ
2018年7月3日 15:31
焔と奈由歌が味元さんの家から復興部に戻って来たのと、真雪が復興部を後にしたのは、ちょうど入れ違いになるタイミングであった。 灯理は「よく聞いてね」と前置いてから、焔に真雪の話の要点を伝えた。「ちょい、ホムラ」 話を聞くや否や、復興部の「半分開いたドア」から出て行った焔を、奈由歌が追った。 駆け出した焔は、双桜(そうおう)学園の正門を抜け、敷地の外に出ると、眼前を横切る大きな国道の