スウェーデンのもう一つの現実 移民とジェンダーから見る社会
デンマークで図書館司書として児童図書店で働き、またデンマークや北欧社会について活発に発信なさっている さわひろ あやさん のポッドキャスト ジェンダー・ステレオタイプの話をしように出させていただきました。
あやさんがリクルートの依頼を受けて書かれた記事【デンマーク・スウェーデン】男女格差の解消が進む北欧の取り組みとは ~ジェンダー平等先進国に学ぶ~で、取材協力をしたのがご縁になりました。
今回のポッドキャストでは、この記事で取り上げられた移民背景や難民背景の市民が置かれている状況についてお話しました。ポッドキャストでは あやさんの質問をきちんと打ち返せてない部分もありますが、それはそれでライブっぽさが残る会話になったのではないかな?と思います。
お話するにあたって書いたブレインストーミングを せっかくなので公開します。全てには触れられませんでしたし、舌足らずになった部分もあるので補足としてお読みいただけると嬉しいです。
私の位置づけ
初めに、ジェンダー研究では、語る人の立ち位置 Positionality を明確にすること、つまり語る人が社会のどこを見て、耳を傾け、分析し、話しているのかをきちんと意識することが大事なので、少し長い自己紹介をします。
私は日本の大阪で生まれ、9.11とそれ以降の中東の惨事に衝撃を受け、イスラム学を学びたいと同志社大学に進学しました。機会があってイランに留学し、女性であること、若いことという外見にそった役割を強制されることの不快感や抵抗感を思い出しました。女性の権利について熱く語るイラン女性たちとの交流を通して、ジェンダー学を学びたいとう目標をもちます。(イラン女性は女性だけのスペース、たとえば公共プールやモスクでは、とても活発に社会について話します。もちろん、政権批判にならないよう十分気をつけながらではありますが。)
大学卒業後、 2016年にサンボビザ(同居ビザ)でスウェーデンに移住し、シリア出身の難民のクラスメートたちと一緒にスウェーデン語の勉強に取り組みました。 このころスウェーデンは、シリア難民を沢山受け入れ、社会が大きく変化する途上にありました。ストックホルム大学やソーデルトーン大学でジェンダー学のコースを取りながら、日本語教師やレストラン、ホテルで働いていました。
今年1月にルンド大学でジェンダー研究の修士号を取得し、今は移民背景の住民が多い地域Rinkeby とHusbyでストックホルム市の臨時職員として市民サービスをしています。
ジェンダー学とは
ジェンダー学は男女の不平等を問い直す女性学から発展してきました。
ジェンダー学はさらに拡大し、性別、セクシュアリティ、年齢、階層、肌の色や出身国、障がいの有無といった人々の属性にもとづいて人を差別し支配する構造、人の行動や考え方を形づくる規範を批判し、研究しています。
抑圧されている当事者の声やいたみの経験と真摯に、丁寧に向き合い、抑圧や特権の構造をなまなましく明るみにだす。
これは、よりよい社会を築きたいと願うひとたちと連帯し、希望のある社会にむけて行動するためです。
プログラムで学んだこと
自分が学んだプログラムはジェンダー、移民と社会正義について知識を深めるもの。https://www.lu.se/lubas/i-uoh-lu-SAGNV
中産階級のスウェーデン人女性しかいないプログラムでした。(英語のプログラムはまた別にあり、そこのプログラムは留学生や男性もいました。)
修士プログラムで先生たちが繰り返し言ってたことは、
自分自身の特権、社会や規範に対して批判的であること
修士を勉強できる環境にある私達の特権を理解し、何ができ、何を知らないのか、考え続けること (Dona Harawey)
自分の知識の土台はなにか批判的であること (Sandra Harding, Dona Harawey)
誰かの声を聞くといっても自分がその他者を代表はできないこと、彼女ら彼らの声を盗まないようにはどうしたら良いのか、考え続けること
プログラムでは社会格差が広がるスウェーデンで、スウェーデン福祉の神話が崩壊し、ジェンダー平等への取り組みにかくれて、人種差別とジェンダー不平等が複雑に、交差しながら深化しているということも学びました。この学びは、修士論文執筆や今の仕事でさらに現状を知ることになります。
あやさんの記事では、ジェンダーと人種のテーマを取り上げています。
スウェーデンの状況はというと、
修論テーマはスウェーデン✕移民✕ジェンダー
修論では、移民の背景を持つ人々の労働生活を調査しました。スウェーデンのある小さな自治体で、難民の生活再建を支援する言語支援ワーカーへのインタビューに基づきます。
言語支援ワーカー(通訳とコミュニティカウンセラーの両方の仕事をする人)
修論テーマ選択の動機
私は、スウェーデンで学校に通い働く中で、移民として、人種差別、不平等、不公平を経験してきました。ある自治体でのインターンシップでは、言語支援ワーカが、市役所という組織やスウェーデン社会の中で日常的に人種差別、不平等、不公平に対処しているのを目の当たりにします。
セシリア・ノアゴーが158ページで触れている「構造的差別」がそこにあります。
構造的差別は 性別、セクシュアリティ、年齢、階層、肌の色や出身国、障がいの有無といった人々の属性にもとづいて、差別する構造であり、自治体という組織の中、そして社会のなかに根を張っています。
これらの不公正は、私が考えていたよりも深く広範なものであり、言語支援ワーカーひとりひとりの生活、過去と現在の生活、そして将来の可能性を傷つけていることに気づきました。
話す能力がなければ、不公正に対する難しい感情を誰かにぶつけることは難しい。
たとえ言葉を話すことができても、それを分析し表現する時間がなければ、自分の経験を社会に伝える(共有する)ことはできない。
自分が抱く感情も、不公正そのものも目に見えなくなってしまうのです。
それぞれの人の経験をみんなで共有し、社会構造と結びつけて分析し、議論することは、人種差別、不平等、不公平に立ち向かう第一歩です。( Standpoint Theory, Black Feminismsスタンドポイント・セオリー & ブラックフェミニズム)
私が修士論文を書き始めたのは、その第一歩になればと思ったからでした。
移民が置かれている状況の難しさ
移民の中にある違い、ワーキングプア、セグリゲーション
私が言う「移民」ってだれ?
移民の定義は広いが、ここで私が対象にして話しているのは、アフリカ・中東・東南アジア出身で、高卒以下の学歴をもつ人たちのことを指します。
難民としてスウェーデンに来て、スウェーデンで長く生活している人や労働移民、家族の理由による移民など移住理由は様々です。(北アメリカ、西ヨーロッパ、イギリスや東アジアからの移民は多くが高度人材です。)
非正規雇用✕移民
Inkluderad underordning含まれる従属という構造的差別とワーキングプア
ジェンダーステレオタイプと移民女性 (Mulinari, 2014)
労働組織における非正規雇用は不平等に基づくし、不平等を強化します(Joan Acker, Inequality Regim)。
そして、そこのポジションは、社会で安定した仕事へのアクセスが少ない移民がつく事が多い。そうすると、不安定な仕事が彼ら彼女らの生活を直撃します。今の生活だけでなく、未来の生活にも。
例えば、年金。
スウェーデンでは、年金局のホームページにあるマイページで、自分がどれだけ年金をもらえるのか予測を見ることができます。
現時点で年金受給開始年齢は66歳。
市民サービスをしていると、年金受給年齢を早めたい、どれだけもらえるのか知りたいという方がしばしば来ます。そういう方は肉体労働、たとえば高齢者介護や保育園といったケアの分野や、清掃分野で働いている方が多く、これらの分野の給料は一般的に低水準なので、年金も少ないのが現状。
具体例をあげてみます。
高齢者施設で准介護職として働く女性が、年金受給を早めた場合、年金受給金額はどうなるのか知りたいと市民課を訪問。
彼女の年金庁マイページを一緒に見ると、
66歳 年金受給開始
1月 約9000クローナ
税金後手元に残るのは6000クローナほど。(78000円くらいで、ストックホルムの物価高では家賃で消えます)
65歳 年金受給開始
1月 約4000クローナ
税金後は……
彼女は、
仕方ない、働き続けるしか無い。でも身体がもつかわからない…
と言って帰っていきました。
年金が低く、住宅費用が払えない年金受給者は住宅費用補助を貰うことができます。更に厳しい状況ならば市が提供する生活保護を申請することもできます。
移民背景の人が働いているのに生活が苦しい、つまりワーキングプアになっているこの構造を社会学者アンデシュ・ネールガードは Inkluderad underordning 含まれる従属 と表現しています。労働市場に含まれているが、低賃金で不安定な労働という 従属的な位置で含まれているのです。(これについてはまた別記事で紹介します)
終わりに
今回、私がスウェーデンの闇ともいえる面を紹介したのは皆さんをしょんぼりさせるためではなく、スウェーデンにも日本や他の国々と同じように課題がたくさんあることを知っていただきたかったからです。
スウェーデンはジェンダー平等への取り組みが盛んであり、人権意識も高いです。
しかし、移民国家としてのスウェーデンはまだまだ成長途上であり、社会構造が変化するプロセスにあります。このプロセスにおいて、経済格差が広がり、脆弱なグループがさらに脆弱な状況へ、貧困と人権侵害そしてジェンダー不平等がとりまく状況へと陥っています。
ジェンダー不平等は、移民背景の男女間の不平等だけではなく、スウェーデン女性と移民女性間の不平等、スウェーデン男性と移民男性間の不平等があります。
ジェンダー不平等と人種差別が複雑に交差する構造なのです。
社会課題を抱えるスウェーデンの現状を知ることを通して、日本の社会課題について考えたり、取り組んだりしている人たちとの連帯を始めることができると思います。
伝えること、知ること、それが大切なはじめの一歩です。
最後に、最近ユースセンターへのスタディツアーを通して出会った、ベテランユースワーカーの方が教えてくれたモットーがとても心に響いたので、紹介します。
参照
Mulinari, Diana, Neergaard, Anders. 2014. We are Sweden Democrats because we care for others: Exploring racisms in the Swedish extreme right. The European Journal of Women's Studies, (21), 1, 43-56.
SCB.2022.Fattigdom nästan sju gånger vanligare bland utrikesfödda. https://www.scb.se/pressmeddelande/fattigdom-nastan-sju-ganger-vanligare-bland-utrikesfodda/
さわひろ, あや. 2023.【デンマーク・スウェーデン】男女格差の解消が進む北欧の取り組みとは ~ジェンダー平等先進国に学ぶ~.
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