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読書感想文 2 「ディランを聴け!! 中山康樹 (講談社文庫)」

読書感想文を書くのは苦手だと昔から再三言っている。
だが人が書いたものを読むのは嫌いではない。
何でも読むわけではない。面白いものに限る。面白くなければ途中でやめる。誰でもそうだろう。
プロの文章に感想文というジャンルはない。
書評とか、解説とか、レビューとか、評論とか、批評とか、その細かい違いはよくわからないが、ある「作品」(文芸に限らない。音楽とか映画とかその他なんでも)について作者以外の人がなにか書いたものを読むのは、元の「作品」を鑑賞するのに参考にできるのでありがたい。
何度も手に取るもののひとつに、「ディランを聴け! 中山康樹 (講談社文庫)」がある。
これは米国のロック歌手ボブ・ディランの出版時までに公式に発表された582曲の一曲一曲について書いたものを集めたもので、年代順やアルバム収録でまとめたりせず、タイトルをアルファベット順に並べて編集している。一曲につきだいたい五百数十文字程度で解説というか感想というかおもしろ愉快な文章が書かれて、しかも5段階評価を星の数で表しているガイドブックのようなものだが、ひとりでこれだけの分量を書くのはずいぶんと骨の折れる仕事だと感心する。

ボブ・ディランは数年前にロックミュージシャンとしては珍しくというかおそらく初めて、ノーベル文学賞を取ったすごい自作自演歌手だが、どこがそんなにすごいのか、さっぱりわからないという人も多かろう。
僕も20歳の頃は全くピンと来なかった。
1984年頃のこと、当時まだまだ素人によるマネゴトのような自作自演音楽活動をしていた僕は、縁あってある音楽業界の人と知り合い、飲み屋でごちそうになった。そのあと彼の自宅へ案内され、「これを貸してやるから勉強せえ」とカセットテープを十何本か渡された。それは全てボブ・ディランのアルバムを録音したものだった。おお、これがかの有名なボブ・ディラン。ありがたく持ち帰った。さっそく聴いてみると、ギターの弾き語りというのは分かったが、なにがいいのか世界的に有名な理由がさっぱりわからない。そのちょっと前からレコードを買って聴いていたブルース歌手のロバート・ジョンソンよりもわからない。ロバジョンは憂歌団やローリングストーンズの元ネタだと思って聴いたのでまだわかった。でもまあ、聴いていたらいつかわかるときが来るだろうと思って、借りてきたときの紙袋の中にカセットを戻した。そして長いこと一本も聴かないまま、1年くらいしてそのままの形で「ありがとうございました」とお返しした。気まずかった。

しかるにボブ・ディランは「よくわからない音楽」というイメージのままというのも、どうも自分が悔しいなと、心の奥歯にもやしのひげが挟まったような気持ちの悪さを抱えて何年かしたある時、梅田のレンタルレコード店でボブ・ディランの「AT武道館」というライブ・アルバムを見つけた。日本公演のライブが公式に出ているのか、しかも有名な曲もたくさん入っているようだ。これでだめならボブ・ディランはあきらめようと、レンタルして聴いてみた。
オープニングの「ミスター・タンブリン・マン」はエレキギターの軽いピッキングでイントロが始まり、バンドサウンドに乗せて軽やかに歌うディランの声は、変わった音色だがバンドのサウンドとメロディーと一体化して、以前カセットで聴いた印象とは全く違ってポップだった。このアルバムは僕にとっては「当たり」だった。カセットに録音してウォークマンやラジカセでよく聴いた。ベスト盤的な選曲でもありどの曲もポップで聴きやすかった。この「AT武道館」こそが、僕がボブ・ディランにぐっと近づけた最初の作品だった。
以来、40年近く、その時々の新作や過去の作品をちょこちょこと拾いつつ聴いて来た。
昨今のようにサブスクもYou Tubeもなかったので、レンタルレコードやCD、輸入盤などで集めた。
だいたいは、一回聴いたくらいではよくわからないことが多かったが、不思議なことに、「古い」から飽きたと感じることはなかった。
そして今でも英語による歌詞はほとんどわからないが、音楽として聴くにはすっかり僕の耳と体になじんで、心を癒やし励ましてくれるミュージシャンのひとりとなってくれた。この出会いにありがとうと思う。
そしてその後の付き合いを長いものにする一助となってくれたのがこの中山康樹さんの本だった。
ロックの世界ではもちろんどれも名作と評されているが、日本の一般人がどう楽しめばいいのかをこの600ページに及ぶ分厚い文庫本は示してくれた。
また、同じ曲を聴いても、中山さんとは違う印象、感想を持つものもいくつもあるけれど、よくわからないものを解説してくれるメリットの方が大きく、その点に置いても重宝している。中山さんは貶すときは、むちゃくちゃボロクソに貶すが、基本はディランをめちゃくちゃに愛していることが感じられるからこの本は好きだ。
(ちなみに、先程の「AT武道館」の「ミスター・タンブリン・マン」は中山さん的にも星5つだったのでここは嬉しかった。)
「風に吹かれて」しか知らない、興味のない人にも、せめて5~6曲、いや10曲くらいはボブ・ディランの曲を好きになって欲しいと思う。きっとあなたにぴったりの曲がいくつかあるはずだ。

ちなみに、僕が一番好きなボブ・ディランの曲は、(たぶん)公式には発売されていない音源で、1995年のロックンロールの殿堂コンサートで演奏された「フォーエバー・ヤング」(非常にピンポイントだが、そういうところがボブ・ディランの楽しみ方のひとつでもあるのだ)。ブルース・スプリングスティーンとデュエットしている。僕は2000年頃、違法か合法か微妙だったナップスターで見つけたが、今では同演奏はYou Tubeで映像まで見ることが出来る。

今という時代は、「その気になれば」なんでも簡単に手に入る。問題はその気になるかどうか。そしてその興味を持続できるかどうか。そうすれば、うまくいけば一生の宝物と出会えることもある。しかもその宝物とは自分でお宝と認定するのだ。宝とは愛情の可視化。そしてそんなことができることこそが人生の醍醐味だ。みんな自由でいいのだ。ということを教えてくれたのが、ボブ・ディランと、この「感想文集による愛の塊」である。

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