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セブンイレブン店員のブルース

智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。
意地を通せば窮屈だ。兎角に人の世は住みにくい。

              夏目漱石『草枕』



本能のままにあれを買い、それも買い、空腹を満たしてい たら、どうしようもなく金がなかった。 私は遊びには窮屈な思いをしたくないという性分なので、 先月からバイトのシフトを増やし、頑張って稼いでみることにした。

私のバイト先はコンビニエンスストアだが、私の仕事といえば殆どぼーっとレジに突っ立って、偶に会計に来る客の会計をするだけである。
もうすぐバイトを初めて1年が経つ頃だが、勤め始めてから現在まで一貫してそれしかしていない。いや、それ以外の仕事を、教えられていない。店長や先輩が私の可愛さに楽をさせてくれているのか、仕事が出来ないオーラが私の全身から発せられているのか......真相は分からない(心の何処かで確信はしている)が、とにかく私はレジしかできない。
しかし比較的楽をできるに越したことはない。セルフレジ が導入された今、レジの仕事など売り物をピッピとして袋にエイヤしてアザッシターするだけだ。これより難しい仕 事をしたとしてどうせ時給が変わるわけでもなし、私は満足していた。

昨日、初めて客に怒られた。
経緯と内容は面倒なので省くが、知らんオジサンに、私のミスを理由にその日の悪天候など起因する苛立ちをぶつけられた。
なんだか色々言っていたが情報過多や自己を守ろうとする心の働きによって私は完全に思考停止してしまっていたので、ダンマリをきめこんだ上に急かす客をガン無視で棒立ちした。そのうち先輩が助け舟を出してくれたので後はおまかせして、影でボロボロ泣いた。

どういう気持ちで泣いていたか、今になっては全く思い出せない。発達障害じゃなかったら泣かなくてよかったのかなー、とか考えたような気もする。 ただ涙だけが止まらなくて、それから2時間ほどはレジに棒立ちしたまま泣き尽くしていた。思い出し泣きだったが、そのうち怒ってきた客の顔もなんと言われたのかも曖昧になり、なんとなく泣き止んだ。(ヒトの防衛本能というのは上手い具合に働いてくれるものだと感心した。)

帰り、客が買っていた苺のケーキが美味しそうだったので、母にプレゼントしようと買っていった。 母は夜勤中だったので、職場まで届けようと、ケーキを抱えて夜道を歩いた。
その時ふと考えた。
ああ、私は理不尽に他人に当たられた傷を癒すために、身近な人間に優しくして、喜ばれて、成功体験を得ることで、己の存在価値を確かめようとしているのだ。 笑えるほどに必死で、呆れるほどに浅ましい。

人の世とは、こういうものだった。

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