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【読書記録】何様/朝井リョウ

『何者』を最初に読んだのは映画化がきっかけだったから、社会人になってすぐのことだった。この小説を就活中に読まなくてよかった、と心底思ったことを覚えている。
その『何者』のスピンオフとして書かれた『何様』には、6つの短編が収録されている。

光太郎が「忘れられない女の子」は誰なのか。理香と隆良はなぜ、付き合ってすぐに同棲を始めたのか。瑞月の両親には、一体なにが起こったのか。本編ではそれほど語られることのなかった、サワ先輩やギンジの人物像とは。そして、拓人を落とした面接官の物語。登場人物それぞれの悩みや葛藤が丁寧に綴られた短編集、数時間で一気に読み切ってしまった。

※ここからネタバレを含みます※

他者から「真面目」と評されることがある人ほど、『何様』は突き刺さるんじゃないかと思う。少なくとも、「それでは二人組を作ってください」「むしゃくしゃしてやった、と言ってみたかった」が自分には刺さりすぎてしまって。世の中って結構、「真面目でいよう」と思っている人に冷たくできていると思うのだ。もちろん、そう思っている自分にも問題はあるのだとは思うけれど。

「それでは~」は、理香の気持ちが痛いほどに分かってしまう(悔しいし悲しいし認めたくないけれど)。たぶん、理香は4-5人のグループなら外されることなく入れるのだと思う。けれど、一対一の「二人組」になった途端、組める相手がいなくなるのだろう。容易に想像がつく。だって、自分がそうだったから。「自分から声をかければいいだけの話」と思える人にこの物語は刺さらないだろうし、きっとその方が幸せだと思う。
理香が隆良に同棲を切り出せたのはきっと、隆良のことをよく知らなかったから。本気で好きになっていたら多分、断られるかもしれない同棲なんて頼めなかった。『何者』を読んだときは理解できないと思った理香をこんなに愛おしいと思えただけでも、この短編集を読んだ意味はあったと思う。

「むしゃくしゃして~」も、どこか自分のことを書かれているようだった。真面目に生きている人ほど、うまくいかなくなったときの対処法が分からない。不真面目から更生した人が評価されていることに対して、納得がいかない。自分の中でもやもやと揺蕩っていた感情をバシッと言葉にされると、抉られるような気持ちになる。
『何者』で、瑞月は父親の浮気について「やってないと思う」と話した。まっすぐに父親を信じていたであろう瑞月の気持ちを思うと、苦しくなった。それでも、この短編の主人公である正美には幸せになってほしい、と強く思う。

胸がぎゅっとなるような短編を読まされた後だからか、最後の「何様」はとても優しい話だと感じた。父親になる自覚はないまま、"誠実"ってなんだろうと悩みながら、タバコを辞めたり、彼女を気遣う素振りを見せたりし続ける克弘。形から入る自分への嫌悪感も、面接官として評価する側になることへの葛藤も、わたしは十分に"誠実"だと思った。それでも悩み続ける彼に先輩の君島がかける言葉のあたたかさが印象的だった。

光太郎の高校時代の眩しいエピソードを綴った「水曜日の南階段はきれい」や、主人公には共感しつつラストはちょっと笑ってしまう「逆算」など、6編それぞれに印象深い短編集だった。
このまま続けて『何者』を読み返そうと思う。今読んだら、きっと以前とは違った感想を抱くことができると思うのだ。

※トップ画像は「みんなのフォトギャラリー」からお借りしました。雑踏を行き交う人たち、その一人ひとりに人生があることを思うと、情報過多でパンクしそうになります。

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